第一章 満月の夜に④
まただ。
蒲団に吸い込まれるような変な感覚がして、押しつぶされそうな暗闇が目の前に広がったかと思うと、ふっと躰が軽くなる。
「このおばはんか」
祥子は、その声に目を凝らす。
ぼんやりと佇む一人の少年と目が合い、祥子は慌ててしまう。
「ぼく、アキオクン」
屈託のない笑顔でそう名乗った子は、まだ幼いように見えた。
アキオと名乗ったきり、少年は何かを言いたそうに、じっと見つめらるだけだった。
数日それは続き、眠るのが今日に思えて来た祥子は、やはりストーンと奈落の底に落とされるように眠りにつく。
「大丈夫なのか」
最初にそんな声が聞こえた祥子は、眉を顰める。
「たぶん大丈夫だと思う」
いつの間にか、カーテンが開いた窓から月が見え、真っ赤な彼岸花が映える。
「あのー」
今日は思い切って話しかけてみようと思った祥子に、アキオは待ち構えていたかのように満面の笑みを浮かべる。
「あのね、この子、タクちゃん。ぼくのお友達。心配して一緒に来てくれたんだ」
「えっと、こんな質問をするのもおかしいと思うんだけど……。どうして、毎日私の夢に出て来るの?」
タクと言う男の子が鼻を一回鳴らす。
「あのねぼく、おばちゃんに頼みたいことがあるんだ」
「頼みごと?」
祥子は眉を顰める。
「ママにあって欲しいんだ」
「ママ?」
コクンとアキオが頷く。
「伝えて欲しいんだ。僕が死んだのはママのせいじゃないって」
死んだって……。
祥子はそのまま絶句してしまった。
きっと私は心の病気にかかっている。だからこんな夢を続けているのよ。
祥子はぎこちない笑顔をアキオに向けながら、思いついた呪文やお経を口の中で何度も何度も唱える。
「こいつはダメだ。アキオ、他を探そう」
タクの目が鋭く祥子を睨みつける。
ゾッとするくらい冷たい目だった。
背筋に冷たいものが走り、祥子は躰を硬直させる。
「大丈夫。おばちゃん、ぼくの話、聞いてくれるよね」
今にも泣き出しそうなアキオに、祥子は何も答えられず下を向いてしまう。
「だから、こいつじゃ無理だって」
急に耳元で言われ、祥子は飛び上がる。
「タクちゃんは黙ってて」
アキオの叫び声に、耳元で舌打ちするのが聞こえ、祥子は只管目が覚めることを祈った。




