第二章 下弦の月④
薄暗い部屋で、祥子は呆然と座っていた。
あのモモコと言う老婆も、おそらくアキオ達とおんなじ物体に違いない。あんなに鮮明に見えるし、声が聞こえてしまうのは、自分は本格的に壊れてしまったんじゃないかと考えに終着点を見出した祥子の目には、うっすらと涙が浮かぶ。
カタンと窓際に置いてあった人形が倒れ、窓が少し開いているのに気が付いた祥子は、のろのろと立ち上がろうとした瞬間だった。急に部屋の電気が点滅をし始め、カーテンが大きく揺れ出す。
部屋の至る所でピシピシと音が鳴りだし、祥子の脳裏にアキオの顔が浮かぶ。
これが、タク式の礼儀なんだとアキオが、屈託のない笑顔で説明していた。
顔を歪めた祥子は、天井に目を向けそっと呟く。
「……もしかして、タクくん?」
「フーン。分るんだ」
背後の声に心臓を跳ね上がらせ、祥子は小さな悲鳴を上げて退く。
知っている限りの念仏を心で唱えながら、祥子は目の前に立つタクへ掛ける言葉を探すが、口がパクパクするだけで言葉にならずにいた。
「……頼みがある」
上目使いで見られ、祥子はゴクリと生唾を飲む。
「私に頼み?」
「おばはんにしか出来ないから……」
顔をそっぽにむかせ言うタクを見て、迂闊にも、祥子は吹き出してしまった。
いきがっているが、元を返せば10歳そこらの少年。腐有体物と思うと怖いが、まじまじとタクを見た祥子は、気が抜けた体をその場でへたり込ませながら、私に、出来ることなのと、自然に口を次いで出ていた。
よく見ると、何てさびしそうな顔をしているんだろう。目を上げようとしないタクは、一点を見つめたまま話を続けていた。
「今日会った、あの人、助けて欲しい」
「あの人って?」
「明日、またあの公園まで、俺が連れ出すから、あの人の顔を見てやって欲しい。そうすればわかるから。それに……」
ん? と祥子は首を傾げる。
「赤ん坊、早くしないとヤバイ」
徐に上げたタクの目に、涙が滲んでいるように見え、目を細める。
それが何を意味しているのか、祥子にもすぐに理解できた。
無言で頷く祥子を見て、タクは何も言わずに姿を消す。
ゆらゆらとカーテンが小さく揺れ、彼岸花の赤が月明かりで照らされくっきりとうかっび上がっていた。
ケタケタと笑い声を上げながら、祥子は部屋の電気を点ける。
もう失うものなど何もない。このまま誰も知らない世界に潜りこめたら、楽になれるんだろうか?
窓から見える月を見上げ、アキオやタク、モモコと名乗った老婆を次々に思い浮かべながら、祥子は一筋の涙を頬に這わす。
こんな私だから、雅春は愛想を尽かしたんだ。
堰を切ったように祥子の涙腺は崩壊を迎え、そなまま朝を迎えることになった。




