第一章 満月の夜に①
三年ほど前の満月を見上げている彼岸花を見て、思いついた話です。
ホラーファンタジーと思って、読んでいただけたら幸いです。
心に傷を負った祥子は、一厘の彼岸花を拾ったことで、不思議な体験をすることになる。そんなお話です。
この作品も、オリジナル小説サイト『遥か彼方のきみへ』にて軽鎖視されている物の一つです。
夜道を急ぐ女性の目に飛び込むように赤いものが見え、ハッとなり自転車を止める。
「なんだ彼岸花か。脅かさないでよ」
まるで自分を主張するかのように、その彼岸花は暗い夜道に凛とした赤さで浮き立っていた。
凛とした冬の寒さに、女性の声が響く。
滅多に通らない道。
今日はたまたま道路工事で、仕方なく迂回してきたが、長い壁伝い。ブロック塀の上から塔婆が顔を覗かせている。向かい側には稲荷の祠があったりする。
どうして日本人はこうも神様を頼りたがるのかしら。と首を傾げたくなる。
あまり心地のいい場所じゃない。
そう思った女性は、すぐに立ち去ろうとペダルに足を掛け、えっと振り返る。
今、誰かに呼び止められた気がする。
辺りを見回し、誰もいないことを確認した女性はふと、この花を家に持ち帰ることを思い立つ。
どうしてと聞かれると、説明は出来ない。
ただ、そうした方が良いように思えて仕方がない衝動に駆られ、根元に近い場所から茎を折り、前かごに入れて、今度こそペダルを漕ぎだす。
気味の悪い場所から逃げ出したかったのであろう。その漕ぐスピードはだんだん強められ、ついに立ちこぎを始めた女性は、籠から落ちてしまった彼岸花に気が付かず去って行ってしまった。
燃えるような赤色を放つ彼岸花を見下ろすかのように、夜空には大きな月がぽっかりと浮かんでいた。
「おばちゃん」
そう誰かに呼ばれた気がして、ふと足を止めた一人の女性は目を見張る。
道端で、何かが燃えているように見えてしまったのだった。
慌てて近寄ったその女性は、拍子抜けしたように声を思わずあげてしまう。
「彼岸花?」
顔をしかめた女性は、それを手にすると辺りを見回した。
「連れて行って」
彼岸花を手にした途端、そう聞こえた気がして女性は小さな悲鳴を上げた。
恐ろしさで、背筋が寒くなっているのに、一旦手放したその彼岸花を女性は拾い直し、足早にその場を去って行く。
どこまでもどこまでも月が追いかけるように、女性の背中を照らしていた。
「なってないなー」
まったく化粧気のない顔は青白く、髪は無造作に束ねただけの自分の姿にげんなりとした御法川祥子はため息をつき、黒縁メガネをかける。
都心から離れた古びたアパートの一室。
やっと手に入れた自由なのに、何もない部屋を見まわし、ため息をつく。
「うるせーばばあ。誰がおめーになんかついて行くか」
狂気に満ちた目。
ショックで、何も言えないでいる祥子に、追い打ちをかける。
「俺がいない方が良いんだろ」
「どうしようもなかったのよ。母さんの気持ち、どうして分かってくれないの? あなたの為でもあるのよ」
紙切れ一枚で、全てが変わってしまった。
雅春だけは、味方でいてくれると信じていたのに。
「自分で決めたんだろ。俺のせいにすんじゃねーよ」
「あなたも、お父さんがどんな人か知っているでしょ?」
「あいつは好きじゃないけど、お前よりマシだ」
マシ? あんな家族を顧みないで、自分勝手に生きている人が?」
祥子は、目を見開く。信じられない言葉だった。一緒にどうしようもない奴、と言っていた息子の言葉だとは思えなかった。
どうして?
「間違っても、あんたなんか生まれてこなかったらよかったのにとはあいつは言わない」
とどめを刺された気がした。
この部屋からやり直すつもりでいたのに。




