レイトレイン
とある有名な漫画のとある有名な台詞に「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!」というものがある。
今の僕――藤森進の脳裏に浮かんでいたのは、この台詞を口にしている青年の姿だった。
というか、この台詞だった。
別にシチュエーションが酷似しているだとか、人の生死がかかっているとか、そういうアレじゃない。
ただ、目の前の現実に驚き過ぎたあまり、ついこの台詞が出てきただけなんだ。
時は夏休み。
つまりは盆。
僕は父の実家に遊びに向かうため、東京駅に向かっていた。否、向かうはずだったんだ。
しかし、最寄り駅で電車に乗ってから七分ほどして気付いた。
『――あ、電車の方向逆じゃん』
迂闊だった。
馬鹿だった。
ついいつもの癖で、通学に使っている方のホームに行ってしまった。
そしてそのまま、迷うことすらせずに反対の電車に乗ってしまった。
東京駅から遠退いているのだと気付きもせず呑気に乗ってしまった。
だからってそのまま悲しみに浸っていられる訳もない。僕は次の駅で電車を降りて、すぐさま反対側――つまり東京駅へと向かう――電車に飛び乗っていた。
最寄り駅を出て七分で降りたということは、最寄り駅まで戻るのにも七分かかるということだ。
つまり、普通に東京駅を目指していた時よりも約十五分遅れての到着になる。
それな何を意味するのか。
答えは簡単だ。指定席をとった新幹線に乗れない、ということだ。
東京駅の中で迷う心配はないよなあ、と油断していたことが運の尽きだったのかもしれない。
勝って兜の緒を締めよ、みたいな感じだったんだきっと。
それなのにこのザマだ。
タイムリミットよりもかなり早く着く新幹線に乗るつもりだったから、現地集合となっている親に迷惑はかからない。
とはいえ、このミスは、
「……はは」
僕の口に、笑いを導く。
「……ははは」
そう。
「あははははははははっ!」
乾いた笑いなんかじゃなく、心の底からの歓喜による笑いをだ。
ここが東京駅へと各停で向かう電車の中じゃなかったら、もっと笑っていたことだろう。
ここが早朝故に人が他にいない電車の中じゃなかったら、もっと笑っていたことだろう。
こんな、マンガやアニメの中みたいなミス、狙わずにできるものじゃない。
それなのに僕にはできた。
これに笑わずして、他のなにに笑えば良い!
「ッホン」
さて。
いつまでも笑っていたいところではあるけれど、ずっとそうしていられる訳じゃない。
僕はスマートフォンを懐から取り出して、代わりに乗るべき新幹線を計算し始める。