俺の妹
俺には可愛い妹がいる。
シャルロット・リ・レスパス。
ふわふわとした波打つ栗色の髪の毛。くりっとしているネコ目はいつか避暑に出かけた南の海のようなサファイヤブルーのよう。照れ屋な性格が顕著に現れるのは、小さくぽってりとした唇。いつも口を尖らせたり、への字に曲げたり忙しい。俺は兄としてシャルに、その唇を何かしらの方法で隠して過ごすべきだと主張している。なぜって、発情期に入り始めた男どもが、シャルの愛らしい唇を見て、紳士でいられるわけがない。しかし、そんな便利な道具は発明されていない上、引っ込み思案で正直な妹は「学院で口隠していたら目立つじゃない!絶対いや!」というので、仕方なく、俺が裏からいろいろと手を回すだけにおさめたが。今年から、2年遅れて学院に入学してきた妹を、兄はとてもとても心配しているのだ。
寮から学院へと登校すると、妹は今日も、天使のような愛くるしさのまま、誰かを罵倒していた。
「たかが政略結婚の許婚のくせに、でかい顔しないでくれない?不愉快よ!」
「それはあんまりじゃない、シャルロット! 僕は決してそんなつもり……」
「あんまりですって?それはこっちの台詞よ! 最初にいったわよね? 私は婚約したくない、あんたとなんて絶対結婚したくないって。それでもお父様が今は我慢してって言ったから、形だけならって婚約を了承したのよ!」
ああ、よく見ると、あそこでシャルの前に這いつくばっているのはこの国の王子じゃないか。さすがシャル。一応、次代の王様候補を公衆の面前で這い蹲らせ、罵り、うーん、あの様子だと多分足蹴にした後なんじゃないかな。背中に足跡ついてるし。まあ、いっか。
野郎をこれ以上観察したくないのでシャルを見ると、彼女は顔を真っ赤にして柳眉をつりあげ、殿下を見下していた。
「それなのにアンタときたら、寮の門前で待ち伏せするわ、毎朝私の机の上に花束をおき部屋にまでおくるわ、休み時間ごとに私の教室までくるわ、私の下駄箱の靴を勝手に盗んで新品おいとくわ、食堂で食事したいのに勝手に弁当作ってくるわ……。もう、いい加減にして頂戴! だいたいね机の上に花ってむしろいじめよ!私はお亡くなりになってないわー!!」
最後の言葉の意味はよくわからないが、ただひとついえることがある。確かに、犯罪臭しかしない。
うーん、どうしようかな。他の男だったら俺もいろいろ手を回したりするんだけど、あの男に関しては、一応、まあ理由あっての行動だと知っている。でも、さすがにやりすぎだよな。
「殿下になにしているんですか、シャルロット様!」
そんなことを考えているときに、ひとりの女生徒が殿下を守るようにシャルの前に立ちはだかった。
「一応この国の王子殿下ですよ!酷いです!!」
うん、あんたも存外酷いよ。一応とか言うな。思っても言うな。
確か、彼女は庶民が通う教会学校出身で特に優秀な成績だったことが評価されて、最近、どこかの貴族の養女になった子。名前は……。
「来たわね、レネット・ラルコンシェル!」
あ、そうそう。そんな名前だったね。
最近、妹のそばをうろちょろしているから存在は知っていたが、なにぶん、妹という名の太陽がいたために、はっきりとした顔と名前を覚えられずにいたのだ。たまに、妹は罪なことをする。そんなところもシャルの魅力なんだけど。
「さっさとこの男を連れて行ってちょうだい!うっとおしくてしょうがない!」
「まあ!殿下に向かってこの男だなんて!殿下、行きましょう?!」
シャルの言葉にレネット嬢は殿下を立たせて連れて行こうとする。しかし、その手を殿下はやんわりと押し返してしまった。
「いいんだ、レネット。僕は彼女が必要なんだ。こんなことくらいなんでもない……」
殿下の健気な態度に、レネット嬢は感極まったような声音で「殿下……」と呼ぶ。
「……むしろもっとやってほしい!」
殿下はなぜかきりっと男前な表情で言い切った。
さすがのシャルも顔を引き攣らせていた。
これはいけない。殿下の変態発言に引いたのもあるだろうが、さりげなく周囲を見回している様子から、人だかりができ始めたことを懸念しているのだろう。こんなでも国の王太子なのだ。さすが俺の妹。基本的に人目を気にしないし、きつい物言いをするシャルだが、一国を背負う予定の殿下よりは、分別がつくのだ。
「殿下、とりあえず立ってください」
「ウィズワルド」
「……兄様」
とりあえず殿下を立たせて身嗜みを整えさせる。俺は背中の足型を力強く手ではたいてやった。
「ちょっとウィズ痛いよ! 僕、シャル以外からの折檻じゃときめかないよ!」
「知りませんよ、へんた……殿下」
「だから言ってるじゃないですか!仮にもこの国の殿下なんですから……もう、この兄弟は!」
「あなたも大概ですよ、レネット嬢」
「……いったい何がどうしてこうなったのよ!」
3人で口論している後ろでシャルがふわふわの髪の毛をグシャグシャと掻き毟り、奇声をあげていた。苦悩の表情もまた、よし。
「ほら、シャル。お前の髪が禿げてしまうよ。いや、禿げでもシャルの可愛さは変わらないことはわかっているけど」
「これくらいで禿げるわけないじゃない!」
「あははっ。さすがシャルだ、俺もいっぱい食わされちゃったなっ」
「なに爽やか風に意味わかんないこと言ってんのよ! 普通に考えてわかることでしょ!」
俺は会話を進めながら、シャルの肩を抱いてさりげなくエスコートをする。 シャルの声はよく通るソプラノで、俺としてはずっと聞いていたいが美しい声は目立ちすぎてしまう。
登校中の生徒がどんどん集まってきていた。
「まるで蟻のようだ……」
「これ以上聞き触りのわるいこと口に出していわないで、馬鹿兄!」
痛いっ痛いっ!
シャルロットの愛らしい手が兄の耳をギューッと引っ張った。殿下がそれをうらやましそうに見つめていた。
「なしつけるわよ変態」
「柄悪いシャルも、またよし……」
「兄様は黙ってて!」
「はい……」
実は校内でも有名なほど模範生なシャルとそれに付き纏う俺たちは、いつも早い時間帯に登校している。つまり、そのはやく来たことでできたゆとり時間を使ってシャルは話をまとめたいらしい。
「単刀直入にいいます。殿下、必要以上に私に付き纏うのはやめてください。王族といえど、ストーカーとして訴えますわよ!」
語源は知らないが、問題である殿下のような行動をとる人間のことを、シャルは"すとーかー"と呼んでいる。しかし、言葉の意味のわからない二名は首を傾げていた。ふふん、兄はシャルと仲がいいから、知ってるんだもんねっ! 得意げに鼻を鳴らしてにやにやすると、気づいた殿下に舌打ちされた。
「すとーかあ? とはなにか知りませんけど、こんなんでも殿下なんですから、訴えるとかダメですよ。シャルさま」
「あんたが心の底から殿下を敬っていないことはよくわかったわ。そして仲良くなった覚えもないのに勝手に愛称で呼ばないで!」
レネット嬢はシャルの言葉に不思議そうに首を傾げた。
「あら、私殿下のことは敬っていますよ?」
「どこがよ?」
「この方個人の人間性を敬っていないだけです」
「同じことじゃない!」
邪気のない笑顔のレネットにシャルは目を剥いて噛み付いた。
いつも思うが、シャルはみんなの言葉にいちいち全力で返事してて、本当に良い子だな。ずっと肩で息して、疲れるだろうに手抜きを一切せず全力で突っ込みをいれる妹。だからみんな付き纏ってるんだろうに、それにも気づかず、突っ込み続けるんだろうなー。ほんと、可愛い。
妹がいつか憤死してしまうのではと心の隅で懸念しつつも、あまりの妹への愛しさに俺はそっと小さくため息をついた。
「君から離れるなんて、それは無理だよ。シャル」
そこまで大人しくしていた殿下がポツリと落とすようにつぶやいた。
その発言にシャルは「はあ?」と眉を潜めた。
殿下は常にもなく真面目な顔でいった。
「だって僕は一生君に詰られていないと生きていけないもの」
いっていることはアレだが、真面目な表情といつもより控えめな言葉のためか、シャルは殿下の雰囲気に押され気味だ。いつものような罵倒が聞こえてこない。
「頼むよ、どんな贅沢だってさせてあげるから。結婚しないなんていわないで」
「ば、馬鹿なこと言わないで。そのお金がどこから捻出されると思って……」
「民からだけど、君に贅沢させる分は僕がちゃんと貢献するよ」
「……それは当然のことでしょ? なにをえらそうに……」
「確かにそうだね。じゃあ、絶対に君だけを愛し続ける」
「……そ、そんなので私が喜ぶわけないでしょ!だいたい、王になれば側室だって娶らないとだし……」
「側室なんかいらないよ!君との間に子が成せればそれでいい!」
「そんなうまくいくわけないわ……」
「うまくいかせる。僕を信じて」
「……アレックス」
俺は妹を大変溺愛しているが、妹自身が望んでいるなら殿下との仲を邪魔するつもりはない。節度は守らせるけど。
二人の世界にはいってしまったようなので少し距離をとると、隣にレネット嬢がきた。恐らく俺と同じ考えで、だろう。
「シャル様って、本当に素直じゃないですよね。この前も、殿下がシャル様の体操着姿を画家に写生させて、それ持ち歩いてたんです。それをシャル様が見つけてしまったんですけど、当然恥ずかしがって怒ってたんです。でも実は自分もこっそり殿下の絵姿持ち歩いてるんですから」
もちろん普通の絵姿ですよ、と彼女は付け足す。わかってるよ、妹は純情な子で、変態とは違う。
「君は殿下に気があるのかと思ってた」
「まさか。趣味じゃないです」
彼女はカラリと笑って俺の言葉を否定した。遠くから見ていた雰囲気と違ってさっぱりとした彼女に俺は密かに好感度をあげた。
ふと、再びシャルと殿下に目を向ける。
「……ま、まあ、もう少しだけ、考えてあげないこともないけど」
「本当かい?!」
「いくばくかの猶予期間よ!可能性はほんの数ミリだけ!」
「嬉しいよシャル!」
話がまとまってきたらしい。殿下がシャルに飛びつくように抱擁をしている。…………そろそろ黒に近い、グレーだなあ。
「こっここここここここっここ婚前の男女が抱き合うなんて、ふふふふ不潔よっ!」
「えー! いいでしょ? 結婚したら子作りもす」
「いやああああああ!!」
それはアウトだ。そう思って俺が手を下すよりもはやく、殿下の左頬へと、シャルのえぐるような鉄拳が炸裂した。
俺はいろいろなことを知っている。
シャルがレネットのことを話すとき、ときたま、"ひろいん"と呼ぶこととか。
殿下の変態行動の理由の一端が、シャルの殿下への態度によって反感をもった連中がシャルに行っている悪行に対処しているからだとか。まあ、普通にそれがなくても変態行動は変らないだろうけど。
妹が過去に事故で頭を打って以来、殿下に素直じゃなくなってしまったこととか。
素直じゃなくなってしまったことで、ずっとシャルを妹のようだと思い込んでいた殿下が自分の気もちに気づいてしまったこととか。
他にもいろいろ。
でもね、そんな不安そうな顔しなくていいんだよ。俺はシャルロットに言いたい。だって頭打って以来、たまに不安そうに俺や両親や召使を見ているから。
そんな捨てられるとわかってる猫みたいな目をしなくても、大丈夫なのに。 俺は君がどんな悪辣な妹だったとしてもきっと見捨てたりしない。
きっと、ずっと見守っているよ。
短編のほとんどで書いてますが、こちらも突発的に書いたので、あまり筋道立ててかけてません。わかりづらいとか、誤字脱語とか、つじつま合ってないとか、とにかく気になったところがあれば教えてください。
企画とか初めてでおもしろかったです。
今回はたまたま見つけたんですが、他にもあるんですかね? また、おもしろそうな企画見つけたら、やってみたいです。