日本代表
「いやー、とうとうこの日を迎えることになりました。ほんの数年前までは考えることも出来なかった大舞台、日本が世界の、世界の頂点を目指して、今まさに羽搏かんとしております! 解説席に、元日本代表山川大輔さん、実況、佐川輝幸でお送り致します! 山川さん、今日は解説宜しくお願い致します」
「はい、宜しくお願いします」
「しかし、ですね、山川さん」
「はい」
「とうとう、日本代表が、ここまでやってきました」
「そうですね。もう、私が日本代表をしていた頃とは全く違う、こう、まるで別次元のチームになりましたね」
「いや、いや。しかし、やはり、山川さん達OBの皆さんが、この日本を作り上げてきた、と言っても過言ではないわけでして」
「いや、私が選手としていた頃には、考えもしませんでしたよ。彼らには頑張ってもらいたいですね」
「そうですね~。緑の芝生が輝くグラウンドの中央に、真っ白な舞台が設営されております。今までの試合ではなかったことですね」
「そうですね。考えられませんね」
「ドームに満員のお客さんが入っております。来場者の数は…おお、5万人を越えるそうですよ」
「ここにお越しになった観客の皆さんは、日本代表が勝つところがみたいのでしょうね」
「きっとそうでしょう。既に日本も世界レベル。強豪国とも渡り合えるだけの力は秘めています」
「そうですね」
「おおっと、ドーム内の照明が消えました。観客の皆さんの持つサイリウムが美しく輝いております――スポットライトが入口を照らしました。そこから――選手の入場です。煌びやかな光沢煌めく白色のガウンを纏って、選手たちが、入場します!」
「すごいですねー」
「そうですねぇ。今から戦いに行くぞ、と言う闘志が白色の光となって放たれているかの如くです」
「いやー、私が選手の時にはあり得ない光景ですよ」
「このような演出が為されるようになったのは、今年からでしょうか」
「恐らくはそうですねー…いやぁ、こういうのが望まれてるんでしょうかね、今は」
「選手がゆっくりとスタジアム中央のステージに昇りました――そして、ガウンを脱ぎます。ガウンの下は、何と、タキシードです!」
「純白のタキシードですね」
「はい、そして、スタッフから、マイクが手渡されます。キャプテンの長谷川が受け取り、ファンの皆様に何かメッセージがあるようです」
『えー、今回は、日本代表の試合に、たくさんのサポーターの皆さん、報道陣の皆さん、御集り頂きありがとうございます。本試合はテレビ中継もされている、ということで、テレビからご覧になっている視聴者の皆様も、応援していただき、ありがとうございます。本試合は地域予選リーグとは言え、大事な試合です。ここを抜けることが出来なければ、本予選に進むことも出来ません。僕らは必死になって、頑張ります。是非、皆様にも応援して頂ければ、と切に願います』
「観客席からは盛大な拍手が鳴り響いています。いやぁ、ここから全ては始まるのだ、と長谷川のスピーチには熱がこもっていましたね」
「そうですね。ここから全ては始まります。今回の試合の相手は、世界ランク212位の南カムラン共和国ですね。相手の情報はまるで入ってきていませんし、油断は出来ませんが…。まあ、ここで負けてしまったら、駄目ですね」
「そうですね。けして相手を侮ってはいけませんが、日本は世界ランク上位に入っています。ここで負けるわけにはいきません…。と、長谷川のスピーチが終わりましたが、選手たちはステージから降りません」
「どうしたんでしょうね。ステージの撤去にも時間がいると思うのですが」
「――スタッフから、選手皆にマイクが手渡されましたね。一言ずつ抱負でも語るのでしょうか?」
「まぁ、初戦ですからね」
「…ん、音楽が流れ出しましたね」
「ああ、これは…。日本代表のサポートソングですか」
「そうですね。これは、テレビなどでは良く流れている曲ですね」
「ああ。成程。ああ、成程」
「これは、選手たちが歌う、ということですかね」
「どうやらそのようですね」
『~♪』
「えー、歌が終わりました」
「まさかのフル。観客席の皆さん、どういう気持ちで聞いてるんでしょうね」
「いやー、どうなんでしょう。選手たちがまさか歌うとは。まさかのサプライズ!」
「そうですね。驚き過ぎて僕、腰抜かしましたよ。もう立てません」
「と、まだマイクは離さないようですね。…ん、この曲は」
「ああ、これも、日本代表のイメージソングですね」
「ああ。これも聞き覚えが。成程成程」
「続けて歌うようですね」
『~♪』
「歌が終わりました」
「またフルですか。しかも、今回、選手たち踊ってましたけど」
「完璧でしたね。ダンサブルなナンバーで、激しい動きもありましたが、そこはプロの選手だけのことはあり、一糸乱れぬ動きですねぇ」
「いや、ははは」
「素晴らしいステージですね。…おっと、選手たちがステージの中で円陣を組んでいます」
「何やら言ってるみたいですね。マイクがないので聞こえませんが」
「何やら叫んで、離れました。ステージから降りていきます」
「そろそろ試合も始まりそうですね」
「そうですね。照明が付き、ステージが…撤去されます」
「何だったんでしょうね」
「ははは。尚、このステージは、我が日本の誇る大企業、ENTSUのスポンサーで行われております」
「そうですか。…あれ、選手達がまたスタジアムの中央に集まりだしましたね」
「おや? どうしたんでしょうか。…おや、これは」
「また曲が流れ出しましたね。ああ、これは、ワールドカップ公式ソングですね」
「観客席がざわついているように見えますが、気のせいでしょうか?」
「ははは。これから始まる試合に武者震いが隠せないと言ったところでしょうか」
「僕も同じかもしれません。震えが止まりません。帰りたくなってきましたよ」
――この後行われた試合は、白熱したものとなった。
日本は圧倒的優勢と伝えられていた前評判通り、前半、日本は激しく攻め立てた。
しかし、後半になり、スタミナ不足を露呈。ボールのキープ率は著しく下がることとなった。
23対23で後半終了。試合はそのまま延長戦に入ることになった。
そして、延長戦でも決着がつかず、サドンデス。そこでも決着がつかないまま、試合は終了となった。
「日本…! 日本、まさかの引き分け!」
「勝たなければならない試合でしたね。また、勝てる試合でした。何故か、選手の体力がなくなっていたようですが」
「いやー、山川さん、どうですか、日本代表の選手たちに、何か言いたいことはないですか?」
「そうですね。選手たちに言ってどうにかなるレベルの問題なのか、少し難しいところであるように思います」
「そうですね。いやー、しかし、この試合から得られたものが、何かしらあるのではないでしょうか」
「試合の中で得られたものはないですね。ここまで実力差があるチームと試合しても引き分けにしかならなかった。ないです。何もありません」
「ないですか。まぁ、なかった、と言うのもある種の」
「いえ、何もないです。この試合は、ただ、選手たちに怪我のリスクを負わせる可能性しかありませんでした。まあ、負けなかった、それだけですね。逆に言えば、勝てなかった、失ったものしかありません」
「流石、山川さん、日本代表を務めたこともあるだけに厳しい意見です」
「まあ、僕らの頃は、全く注目を集めることもありませんでしたし、こんなにたくさんの観客の皆さんや、マスコミの皆さんに集まっていただくこともありませんでしたから、同じように考えるのは難しいところかもしれません。選手たちも海外で活躍している人も多いですし。しかし、何の為に試合をしているのかまるで解らなくなるようなのはどうなんでしょうね」
「実況は山川大輔さん、解説は佐川輝幸でお送り致しました、日本代表と南カムラン共和国の試合は手痛いドローとなりました…。いや、大変、苦い経験になりましたが、是非、これをバネにして日本代表には頑張っていただきたい! 頑張れ! 日本!」