現実
出されたお題を基に百分間で物語を作ろうと言う企画で生み出された小説の一つ。お題は「何処か遠くへ」と「理想化」。
私の顔が醜く見えるのはきっと、私の美醜の感覚がほかの人とずれているからだ。だって、私が好きになるのは決まって周りの人たちに醜男だと言われる人なんだもの。
私が勉強が出来ないのはきっと、神様がそれを不公平だとお思いになったからだ。だって、美しいうえに頭も良いなんてあんまりにも出来すぎているもの。
私がひどく不器用なのもきっとそう。他の女の子たちに嫉妬されないようにと考えて下さったんだわ。
私の側を人が通り過ぎるたびに人々の顔に笑いが浮かぶのはきっと、私の存在が人々の心を和ませているから。どんなに怒っている人でも自然と笑顔になってしまうんだわ。
だってのに、どうしてみんな私の魅力に気づかないのかしら。いいえ、きっと気付いているはずよ、ただ気後れしているだけ。私はみんなにとって高嶺の花なのよ。触れることを畏れ多く思っているんだわ。
でも、本当にそうなのかしら。今日擦れ違った女の子が「やだ、あの子くっさーい」って言いながらクスクス笑うのを私、聞き逃さなかったわ。みんな本当は私のことを醜くて馬鹿でのろまな女だと馬鹿にしてるんじゃないかしら。
ううん、きっとただ嫉妬してるだけなのよ。私があんまりに美しくて非の打ち所が無いものだから嫉妬しちゃっただけ。素直に褒めるのが何となく癪で、ついあらぬことを口走っちゃっただけなんだわ。
そう、きっとそう、きっとそうよ、そうに違いないわ。私が醜男ばっかり好きになるのは決して決してシンパシーや同情や憐みなんかじゃないんだから。っていやだ、私ったら何を書いているのかしら。誰も私に「お前がそいつらを好きだと思っていたのは自身を正当化したかったからだろう」なんて言ってないのに。そう、誰もそんなこと言ってないのにどうして私こんなこと書いているのかしら。何だか馬鹿みたい。
はあ、何処かずっと遠くに行きたい。
*
彼女は日記帳にそう最後の一文を付け加えると、夕日のさす窓を見ながら立ち上がった。眼下には、ちらほらと街灯の付き始めた夕暮れの街が広がっていた。