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俺(の先輩)がファイナンシャルプランナー1級で異世界無双した話

作者: 曽我部穂岐
掲載日:2026/06/22

 休日の図書館で、俺はFP1級の問題集を前にして固まっていた。


 分厚い。

 高い。

 難い。


 むずかしい、ではない。かたい。問題集のくせに、机の上で城塞みたいな顔をしている。


 会社はこれを「推奨資格」と呼んでいた。


 命令ではない。

 受けないと評価面談で上司が湿った目をするだけだ。


 しかも落ちれば受験料は自腹。資格のくせに、攻撃力が高い。


「お前、FP1級なんか取っても意味ないって思ってるだろ?」


 背後から声がした。


 振り返ると、会社の佐伯先輩が立っていた。休日の図書館にいるのに、妙に元気な人だった。人の問題集をのぞき込む距離が、やけに近い。


「まあ……はい。昇格のための勲章みたいなもんでしょ、実際」


「勲章?」


「こんな分厚い問題集を暗記しても、現場で使えませんって。試験終わったら忘れますよ。俺みたいなのが義務感で受けるから、合格率も下がるんでしょうし」


 先輩の目が、かっと開いた。


「それは違う!」


 図書館中の視線が刺さった。


「声」


「すまん」


 先輩は咳払いをして、俺の向かいに座った。


「いいか。FP1級の知識は、世界を救う」


「資格予備校の回し者ですか?」


「そう……あれは、トラックにはねられて異世界転移した時の話だ」


「はあ」


 止める気はなかった。


 休日の図書館で会社の先輩が異世界転移を語り出した時点で、俺の休日はもうかなり負けていた。



 佐伯が目を覚ますと、床は白い大理石だった。


 高い天井。金で縁取られた柱。壁には獅子と剣の旗。周囲には騎士、魔術師、神官。全員、今にも泣きそうな顔をしている。


 玉座の前には、透明な棺が置かれていた。


 その中で、銀髪の王女が眠っている。


「異界より来たりし勇者よ」


 王が言った。


「どうか、我が娘を救ってくれ」


 佐伯は棺を見た。王を見た。泣いている神官を見た。最後に、自分の鞄を見た。


 スマホは圏外。

 財布はある。

 筆記用具もある。


 そして、分厚い本が一冊。


 表紙には『ファイナンシャルプランナー1級 学科試験 完全解説』と書かれていた。


「勇者様、それは……」


 宰相が震えた。


「古の魔導書か」


「解説集です」


 佐伯はページをめくった。


 王女は百年眠る呪いにかけられているらしい。魔術士には解けない。神官の祈りも届かない。騎士たちは魔女を討とうとしているが、居場所も分からない。


 佐伯は目次を見た。


「百年眠る。長期の生活設計。資産管理。社会復帰」


 指が、ある章で止まった。


「あ、これライフプランニングだ」



「そうはならんやろ」


 俺はおもわず言った。


 先輩は無視した。



 佐伯は羊皮紙を借り、線を引いた。


 現在。

 百年後。

 起床。

 王位継承。

 婚約関係。

 棺の維持費。

 百年後の物価。


 王がうめいた。


「勇者よ、それは救命の術か」


「家計相談です」


 その時、棺の上に黒い霧が湧いた。


「やめよ」


 老婆の声だった。


「我が呪いを、生活設計に入れるでない」


 呪いをかけた魔女だった。


 騎士たちが剣を抜く。魔術師たちが杖を構える。神官たちが祈る。


 佐伯だけが、解説集を閉じなかった。


「百年後に起きるなら、起きた後の話が必要です」


「呪いとは絶望である」


「絶望にも維持費がかかります。棺の管理、警備、王女の資産凍結、婚約破棄時の違約金。最低限ここは整理しないと」


「呪いを事務処理するな!」


 黒い霧が震えた。


「そもそも、百年眠ることによる社会復帰リスク、財産管理リスク、王位継承リスクについて説明しましたか」


「するわけなかろう。呪いだぞ」


「説明義務違反ですね。解除対象です」


「呪いに消費者保護を持ち込むな!」


 霧が悲鳴を上げた。


 棺に刻まれていた黒い紋様が、ぱきりと割れる。


「やめろおおお!」


 霧はほどけた。


 棺の中で、王女の指がかすかに動いた。


「姫!」


 王が棺に駆け寄る。


 佐伯は羊皮紙を宰相に渡した。


「目覚めた後に揉めます。先に決めておいてください」


「勇者様、これは……」


「姫様の百年分の人生設計書です」



「……無理やり持ってきましたね」


 先輩は言った。


「今や人生百年計画だぞ」



 次は火竜だった。


 北の村に現れた赤い竜は、山ひとつ分の影を落としていた。翼を広げるだけで風が起き、鼻息だけで納屋の屋根が焦げる。


 村人は逃げ惑い、騎士団は盾を並べ、魔術師は防壁を張った。


 佐伯は解説集を開いた。


「火災。損害。補償。事故発生時の対応」


 ぱらぱらとページをめくる。


「あ、これリスク管理だ」



「なんか、急に雑に――」


 先輩は無視して続ける。



 火竜が鼻から炎を漏らした。


「小さき者よ。我が炎で焼かれに来たか」


「確認します」


 佐伯は解説集を片手に進み出た。


「今回の損害が火災扱いなら損害保険で補償されるかもしれません。ただし、魔物襲来免責なら揉めます。あと、あなたに損害賠償請求が来ます」


「ふざけるな。我は災厄だぞ。賠償責任はない」


「意思のある者は自然災害とはみなされません」


 火竜はしばらく黙った。


「……竜害は約款上どこにも入っていないのか」


「この村の加入している損害保険にはありませんね」


 火竜は翼を広げた。


「今日は見逃してやる。村を焼く気が失せたわ」


「リスク管理ですね」



「えらく保険に詳しい竜ですね…」


「昔、洞窟に保険外交員が来たんだろう」



 最後に魔王が現れた。


 黒い鎧。巨大な角。背後に燃える闇。玉座の間は、いかにも最終決戦という感じだった。


「よく来たな、異界の勇者よ。我が名は魔王ガルドレイン。世界を闇に沈める者」


 騎士団長が剣を抜く。王女が祈る。宰相が腰を抜かす。


 佐伯は解説集を開いた。


「死亡。資産承継。後継者。事業の継続」


 指が止まる。


「あ、これ相続・事業承継だ」



「いや、倒せよ」


「相続は事前に決めていないと揉めるからな」



 佐伯は魔王を見上げた。


「遺言書はありますか」


 魔王の角が止まった。


「何?」


「魔王様ほどの資産規模ですと、死後の承継設計を怠った場合、魔界全土で争族が発生します」


「我はまだ死んでおらん!」


「だから今です」


 魔王軍がざわめいた。


 炎の四天王が隣を見た。


「魔王様が死んだら、魔王城は誰のものになるのだ」


 氷の四天王が青ざめる。


「闇の鉱山は? あれは我が管理しているが、所有者は魔王様だぞ」


 毒の四天王が手を上げた。


「四天王の地位は相続対象ですか」


 雷の四天王が一歩前へ出た。


「そもそも我々は魔王様の家臣なのですか。それとも魔王軍という事業体に属しているのですか」


 魔王は初めて、勇者ではなく部下たちを恐れた。


「貴様ら、今それを気にするのか」


「今まで気にしておりませんでしたが、言われてみれば重要です」


「ご長男とご次男で争いになった場合、我々はどちらに」「闇の軍勢は分割されるのですか」「魔王城の減価償却は」


 佐伯は羊皮紙を広げた。


「まず魔王城は長男へ。ただし居住権と軍事使用権を分けます。闇の鉱山は法人化。四天王には持分を与える。呪いの森は長女に承継。魔王軍は持株会社方式で整理しましょう」


「我の死後設計を勝手に進めるな!」


「事業承継は早めが肝心です」


 魔王軍はその場で魔王家承継対策会議に入った。


 世界を闇に沈める計画は、事業承継対策のため延期された。



「だから倒せよ」


 俺はもう一度言った。


「顧客満足度の勝利だ」


 先輩は満足げにうなずいた。


「こうして世界は救われた」


 俺は無視して問題集を見下ろした。


 分厚い。

 高い。

 難い。


「――で、先輩はFP1級持ってて、現実世界で役に立ったことあるんですか?」


「持ってない」


「はい?」


「わたし、試験会場に向かう途中で転移したから。戻ったのは昨日」


「さぼったんですね」


 俺は少し考えた。


「じゃあ、一緒に勉強します?」


 先輩は一瞬だけ固まった。


「……いいの?」


「俺も一人じゃ進みませんし」


 先輩は鞄から解説集を出した。


 表紙は焦げていない。

 魔王の涙らしき染みもない。

 ただ、付箋が一枚はみ出していた。


『最重要論点:隣席』


「ライフプランニングからでいいですか」


「……うん」


 先輩と休日に並んで勉強するのは、少し落ち着かない。


 ページをめくるたび、紙とインクの匂いに、甘すぎない香水が少しだけ混じった。


 解説集を開いた先輩は、なぜか合格発表みたいな顔をしていた。



お読みいただきありがとうございました。

創作の励みになりますので、評価・感想、よろしくお願いします。


ライフプランニングで呪いを崩し、リスク管理で火竜を黙らせ、相続・事業承継で魔王軍を止める。

現実では試験対策ですが、異世界ならたぶん魔導書です。たぶん。


資格勉強中の方も、そうでない方も、少しでも笑っていただけたなら嬉しいです。


お気に召した方は、他の短編『続きそうな短編集』もぜひ、ご一読ください。

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