第七話 接触成功率12%
北棟の廊下は、東側より薄暗い。
窓が少ない。石の壁がひんやりとしている。
「やっぱり来ましたね」
後ろからトワの声がした。ついてきていたらしい。
「止めるか」
「止めませんよ。ただ、強引にはしないでくださいよ、とだけ」
「わかってる」
俺とトワが北棟の廊下を歩いていると、角で侍女と鉢合わせた。盆を持って足を止め、俺たちを見てから、小声で言った。
「あの……殿下のお部屋は、この先です。でも、ノックしても返事はないかと……」
「わかった。ありがとう」
侍女が会釈して立ち去る。その背中を見送ってから、俺は廊下の突き当たりに目を向けた。
重い木の扉が一枚。
他の部屋と変わらない扉だが、扉の下の隙間から、かすかに灯りが漏れていた。
扉の前に立つ。
頭の中に数字が浮かんだ。
接触成功率:12%
イリナの警戒値:94%
……12%か。低い。
「数字が出ましたか」とトワが後ろで言う。
「接触成功率12%」
「まあ、そんなものでしょうね。昨日廊下で鉢合わせしましたし」
「上げ方はあるか」
「あるとすれば、時間です。脅威でないことを示し続けるしかない」
脅威でない。
それを示す一番簡単な方法は、何もしないことだ。
俺は扉の横の壁に背をもたせかけて、座り込んだ。
トワが目を丸くする。「……座るんですか」
「ここにいる」
「今日一日ですか」
「様子を見ながら」
トワがしばらく俺を見てから、小さく息をついた。「……わかりました。私は少し離れています」
足音が遠ざかっていく。
廊下が静かになった。
扉の下の隙間から、灯りが揺れている。中に誰かいる気配が、かすかにある。
しばらく経ってから、声をかけた。
「殿下」
返事はない。
「俺はクオン・レンといいます。昨日、神託を受けた者です。昨日の廊下では驚かせてしまいました」
沈黙。
「話しかけることを強制するつもりはありません。ここにいるだけです」
また沈黙。
頭の中に数字が浮かぶ。
イリナの警戒値:94%→89%
5ポイント下がった。誤差の範囲かもしれないが。
俺は壁に背をもたせかけたまま、特に何もしなかった。廊下の石の床は冷たい。窓から差し込む光が、少しずつ傾いていく。
時間が経つにつれ、数字が少しずつ動いた。
イリナの警戒値:89%→83%→79%
下がっている。脅威でないと認識され始めているのかもしれない。
昼を過ぎた頃、扉の向こうから音がした。
本のページをめくる音だ。かすかに、でも確かに聞こえる。
読んでいる。
俺がここにいることを知りながら、本を読んでいる。完全に無視しているのか、それとも多少は慣れてきたのか。数字で見ると後者に近い。
イリナの警戒値:71%
「本を読んでいますか」
ページをめくる音が止まった。
沈黙が少し続いてから、また音が再開した。
返事はない。でも、止めなかった。
「俺も本があればよかった」と独り言のように言うと、ページをめくる音のリズムが少しだけ変わった気がした。気のせいかもしれない。
午後の光が廊下の奥まで伸びてきた頃、トワが戻ってきた。
「夕食の時間ですよ」と小声で言う。
「わかった」
俺は立ち上がった。足が少し痺れている。扉の前で半日座っていたのだから当然だ。
「今日はここまでにします」
扉に向かって言った。返事はない。
「また来ます」
それだけ言って、廊下を歩き始めた。
十歩ほど進んだところで、後ろから音がした。
かちゃり、という小さな金属音。
振り返ると、扉が少しだけ開いていた。
一センチか二センチ。隙間から、灯りが細く漏れている。
人影は見えない。音もしない。
ただ、扉が開いていた。
頭の中に数字が浮かぶ。
接触成功率:12%→19%
……7ポイント。
俺は扉を見たまま、しばらく動かなかった。
それから前を向いて、廊下を歩き続けた。




