表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引きこもり天才姫は俺にしか懐かない〜存在しない者が、一人の姫の一生を見届ける〜  作者: アルコール吸引マシン5号
序章 扉が開くまで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/35

第二十四話 89%

頭の中に数字が浮かんだ。


イリナの成功率:89%


……89%。



あれから二週間が経っていた。


ガルディアの使者クラインには、もう一週間待ってほしいと伝えていた。返答を引き延ばすことへの不満は使者の表情に出ていたが、強引に出てくるほどではなかった。今は時間を稼いでいる状態だ。


その二週間で、成功率は大きく動いた。


21%、31%、44%、58%、71%、79%、84%、89%。


日を追うごとに上がった。信頼が戻ったことで、外出の練習も再開できた。中庭に毎日出るようになり、人の気配に少しずつ慣れていった。廊下で侍女とすれ違っても、今は足が止まらなくなっていた。


まだ震えはある。でも、止まらない。



「レン、今日は外に出る?」


「出られるか?」


「……出られる。たぶん」


「行こう」


東の中庭に向かいながら、俺はイリナの隣を歩いた。

手は繋いでいない。今日は一人で歩けている。


渡り廊下に差し掛かったとき、前から城の文官が二人歩いてきた。


ぴくっ、とイリナの肩が反応した。


でも、足は止まらなかった。視線を少し下に向けて、そのまま歩き続けた。


文官が通り過ぎていく。


「……通り過ぎた」


「ああ」


「……見られてた?」


「少し」


「……震えてた?」


「少し」


「……でも、止まらなかった」


「止まらなかった」


イリナが小さく息を吐いた。


頭の中に数字が動く。


イリナの恐怖値:52%→44%


前より低い。人とすれ違うたびに、少しずつ慣れてきている。



中庭に着いた。


石畳の上に午前の光が降りている。噴水の水音が静かに聞こえる。


イリナが石畳の上に立って、空を見上げた。


「……最近、ここに来るのが楽しみになってきた」


「そうか」


「……前は、外が怖いしか思わなかった。でも今は、来るたびに少し違う気がする。光の角度とか、風の感じとか」


「気づくようになったんだな」


「……うん」


イリナが噴水の縁に腰を下ろした。石が冷たいだろうが、気にしていないようだ。


「レン、成功率って今何パーセント?」


「89%だ」


イリナが少し顔を上げた。


「……89%」


「ああ」


「……高い」


「高くなった」


「……あと少しで99%じゃない」


「そうだ」


イリナが視線を噴水に落とした。水が光を受けてきらきらと揺れている。


「……なんか、実感がない」


「何の実感が」


「……自分が変わったって実感。数字では上がってるけど、わたし自身は別に何も変わってない気がして」


俺は少し考えた。


「さっき、文官とすれ違っても止まらなかった」


「……それは」


「一ヶ月前は、侍女二人とすれ違っただけでパニックになった」


イリナが黙った。


「……そっか」


「気づかないうちに変わることのほうが多い」


「……レンって、そういうこと、よく知ってるね」


「心理学を少し学んでいた」


「……そうなんだ」


噴水の水音だけが続く。


「……ねえ、レン」


「なんだ」


「……あと10%で99%でしょ。もうやれるんじゃないかな」


「まだ早い」


イリナが少し不満そうな顔をした。表情がわかったのは、今日は横顔が見える場所にいるからだ。


「……なんで。89%もあるのに」


「99%になるまで動かさない」


「……頑固」


「そういう決め方をしている」


「……99%になるのに、あと何日かかるの」


「わからない。でも、上がってきてる」


「……もう使者の返答期限も近い」


「わかってる」


「……間に合うの?」


「間に合わせる」


イリナがため息をついた。小さく、でもはっきりと聞こえるため息だった。


「……レンって、そういうとき、全然不安そうじゃないよね」


「不安に見えたほうがいいか」


「……別に。ただ、わたしはすごく不安なのに、レンが落ち着いてると少し楽になる」


「そうか」


「……それって、依存?」


「依存というより、安心だと思う」


「……違いは」


「依存はいなければ崩れる。安心はいなくても残る」


イリナがしばらく黙った。


「……まだ依存してるかも」


「今はそれでいい」


「……なんで」


「安心に変わっていくから」


また沈黙。噴水の水が、光の中で揺れている。


「……レン」


「なんだ」


「……成功率、89%から99%まで、あと何が足りないの」


俺は少し間を置いた。


数字は89%だ。知識も、分析力も、判断力も、もう完全に揃っている。外に出ることもできるようになった。人の視線にも少しずつ慣れてきた。


では、何が足りないのか。


「今すぐ答えを出せない」


「……なんで」


「考える必要がある」


「……いつ教えてくれるの」


「明日か、明後日か。答えが出たら話す」


イリナが俺を見た。

横顔ではなく、正面から。珍しいことだった。


「……約束して」


「約束する」


「……絶対に?」


「絶対に」


イリナが視線を噴水に戻した。


頭の中に数字が浮かぶ。


イリナの信頼値:21%→26%


5ポイント上がった。


「……じゃあ、帰る」


「ああ」


「……また明日」


「また明日」


イリナが立ち上がって、中庭から歩き始めた。


その後ろ姿を見ながら、俺は考えていた。


89%から99%への最後の10%。


何が足りないのか。


今の俺には、まだ答えがない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ