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引きこもり天才姫は俺にしか懐かない〜存在しない者が、一人の姫の一生を見届ける〜  作者: アルコール吸引マシン5号
序章 扉が開くまで

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第二十二話 操作と信頼

「ガルディアの使者が来たって、聞いた」


扉の隙間から、声がした。


「聞こえていたのか」


「城内の使用人が話してた。わたし、そういう情報は大体入ってくる」


「……そうか」


「わたしの引き渡し要求、でしょ」


俺は少し間を置いた。


「そうだ」


「……そっか」


声に、緊張がある。でも、パニックではない。


「詳しく教えて」


俺は使者の話を、事実だけ伝えた。

クラインという使節が来たこと。第二王子の婚姻申し込みという形を取っていること。明日までに面会の可否を返答しなければならないこと。


イリナは黙って聞いていた。


「……面会は、どうするつもり?」


「断れば向こうの態度が硬化する。受ければ向こうのペースになる」


「……じゃあ、わたしが出ればいい」


「まだ早い」


「でも」


「成功率は71%だ。今の状態で大国の外交官と対峙するのは難しい」


「……わかってる。でも、わたし以外に誰がやるの」


俺は答えなかった。


答えが出なかった、というより、イリナの言葉が正しかった。



その夜、俺は自分の部屋で天井を見ていた。


明日の返答をどうするか。

クラインをどう動かすか。

イリナをどう守るか。


考えながら、ふと、別のことが頭に浮かんだ。


トワの言葉だ。


久遠くおんさんは、やっぱり誘導していますよ」


誘導。

俺はイリナを誘導していたのか。


していた、と思う。


毎日扉の前に座ったのは、信頼を積み上げるためだった。本を読んだのは、会話のきっかけを作るためだった。外に出る練習をしたのは、成功率を上げるためだった。


全部、イリナを動かすための手順だ。


それは仕事だから当然のことだと思っていた。でも、今こうして並べてみると、少し違うものに見えてくる。


イリナは今、俺を信頼し始めている。


その信頼は、俺が意図的に作ったものだ。



翌朝、扉の前に座った。


「おはよう」


「……おはよう」


「昨日の話の続きをしたい」


「……うん」


「使者への返答だが、一週間待ってほしいと伝えることにした。その間に準備を整える」


「……準備って」


「お前が対応できるかどうか、見極める」


「……成功率が71%のまま?」


「上がれば動く」


少しの間があった。


「レン」


「なんだ」


「一つ、聞いていい?」


「どうぞ」


「……レンって、わたしのことを、どう思ってる?」


俺は少し考えた。


「補佐する相手だ。大事にしたいと思っている」


「……仕事上の話だけ?」


「今のところは、そういうことになる」


また沈黙。


「……レンは、わたしが動けるようになるために、ここにいるんだよね」


「そうだ」


「……そのために、毎日来てくれてたんだよね」


「そうだ」


「……本の話をしてくれたのも」


「そうだ」


「……外に出る練習も」


「そうだ」


声が、少しずつ低くなっていった。


「……全部、そのためだったんだ」


「仕事だ。でも」


「……でも?」


俺は少し間を置いた。


「仕事だけで来ているとは思っていない、とも思っている」


「……どういう意味」


「うまく説明できない。でも、仕事だけで毎日来ているとは思っていない」


長い沈黙が続いた。


扉の下の隙間から、灯りが揺れている。中に気配がある。動いていない。


「……レン」


「なんだ」


「わたし、操られてる?」


静かな声だった。

責めているわけではない。ただ、確認している、という声だった。


俺は答えなかった。


答えが、出なかった。


操作と誘導の境界線は曖昧だ、と前に言った。目的が相手の利益になるなら操作とは呼ばない、とも言った。


でも、イリナに対して俺がやってきたことは、どちらだったのか。


「……答えられないんだ」


イリナの声が、少し変わった。


「……そっか」


「イリナ」


「……いい。わかった」


「わかったとは」


「……レンが答えられないってことが、答えだから」


扉の向こうで、かすかに何かが動く音がした。


頭の中に数字が浮かぶ。


イリナの信頼値:24%→11%


急落した。


「イリナ」


返事がなかった。


「聞いてくれ」


「……聞きたくない」


「少しだけでいい」


沈黙。


「……誘導していた。それは本当だ」


「……うん」


「でも、嘘はついていない」


「……嘘と誘導は違うって言いたいの」


「違う、とは言えない。でも」


「……でも?」


俺は言葉を探した。


いつもは言葉が先に出てくる。でも今は、何が正しいのかわからなかった。


「……お前のことが、大事だと思っている。それは本当だ」


長い沈黙。


「……今は、ひとりにして」


声が、掠れていた。


俺は扉を見た。


頭の中に数字が浮かぶ。


イリナの信頼値:11%

抱え込み度:94%


「……わかった」


俺は立ち上がった。


廊下を歩き始めながら、なぜか足が重かった。


仕事として動いてきた。それは間違いではない。でも、いつの間にか、仕事だけではなくなっていた。


イリナの「今日も来る?」という声。

「変な人」という言葉。

「ありがとう」と言った声。


全部、頭の中にある。


……なんで俺はこんなに、引き返したいと思っているんだ。


廊下の石畳を、ただ歩き続けた。

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