第二十一話 大国の使者
「ガルディアの使者が来ます」
トワが言った。朝食の席だった。
「いつだ」
「今日の午後です。かなり急な話で、昨夜に通達が来ました」
「目的は」
「殿下の引き渡し要求、かと」
俺は少し間を置いた。
「引き渡し」
「ガルディアの第二王子が殿下を妃に迎えたいと。表向きは婚姻の申し込みです。でも、実態は……」
「属国化の第一歩か」
「そうなります。殿下をガルディアの王室に取り込めば、ドレツァへの影響力を一気に強められる。軍事的な圧力より、はるかに効率がいい」
トワが静かに言う。いつもの軽い口調が影を潜めている。
「国王は知っているか」
「昨夜から対応に追われています。今日の謁見には、久遠さんも同席していただけますか」
「わかった」
謁見の間は、午後になってから重い空気に包まれていた。
国王が玉座に座っている。両脇に貴族が数人。俺はトワの隣、部屋の端に立っていた。
扉が開いて、使者が入ってきた。
五十代の男だ。背が高く、肩幅がある。仕立てのいい上着を着て、胸に金の徽章をつけている。顔つきは穏やかだが、目に鋭さがある。
頭の中に数字が流れる。
使者の外交スマイル:91%
本音:9%
……本音が9%しか表に出ていない。手練れだ。
「ドレツァ国王陛下、本日はお目にかかれる光栄に存じます。わたくしはガルディア王国より参りました使節、ヴォルフ・クラインと申します」
声が低く、よく通る。慣れた外交官の話し方だ。
「うむ。遠路ご苦労であった」と国王が答える。「して、今日はいかような用向きで」
「はい。このたび、わが国第二王子アルノ殿下が、ドレツァ王国第一王女殿下との婚姻をご所望で。両国の友好のためにも、ぜひご検討いただければと存じます」
穏やかな笑顔で言う。
頭の中に数字が流れる。
クラインの本音の内訳:政治的計算 62% スケベな妄想 28% 純粋な友好への期待 10%
……28%か。
「殿下のご評判は我が国にも届いております。神託で稀代の才を持つと聞き、アルノ殿下も大変興味を持たれておりまして」
興味、という言葉に、さっきの28%が少し増えた気がした。
頭の中に数字が更新される。
スケベな妄想:28%→34%
増えた。
「……友好のためとおっしゃるが」と国王が慎重な口調で言う。「殿下はまだ若く、婚姻については慎重に考えたいと思っております」
「もちろんでございます。急かすつもりは毛頭ありません。ただ、アルノ殿下の誠意をお伝えするため、できれば殿下に直接お目にかかる機会をいただければ、と」
直接会いたい。
頭の中に数字が動く。
クラインの真の目的:イリナをガルディアに連れ帰る 78% とりあえず顔を見たい 22%
「お目にかかる機会、と申されますと」
「今回の訪問中に、一度ご面会の場を設けていただければ。短い時間で構いません」
国王の疲弊度が上がっているのが数字に出ている。困惑値も上がっている。どう断ればいいかわからない、という状態だ。
俺はクラインを観察した。
笑顔は崩れない。でも、目が少し動いた。部屋の中を素早く見渡している。参席者の顔を確認しているのだろう。俺のところで視線が一瞬止まった。
頭の中に数字が動く。
クラインの俺への警戒値:41%
「こいつは誰だ」という疑問値:88%
「失礼ですが」とクラインが言った。穏やかに、でも明確に。「そちらの方は、どのようなお立場で」
国王が少し困った顔をした。
「こちらは……クオン・レン殿。王女殿下の補佐を務めていただいております」
「補佐」
クラインが俺を見た。外交スマイルは崩れていない。でも、目が少し細くなった。
「なるほど。王女殿下のご様子は、最近どうですか。お健やかにお過ごしでしょうか」
俺に直接聞いてきた。
「健やかにしていらっしゃいます」
「それは何より。ご面会の機会は、いただけそうでしょうか」
頭の中に数字が流れる。
クラインの交渉意図:今ここで確約を取りたい 83%
引く気:17%
「面会については、殿下のご意向を確認してからお答えします」
「もちろんです。では、明日中にご返答いただけますか」
「検討します」
クラインがほんの少し、笑みを深めた。
頭の中の数字が動く。
クラインの「こいつはやりにくい」値:67%
……まあそうだろう。
謁見はその後、しばらく儀礼的な話が続いて終わった。使者が退出したところで、国王がため息をついた。
「……困った」
「陛下」と俺は言った。「明日の返答まで、少し時間をください」
「何かあるのか」
「確認したいことがあります」
国王が俺を見た。疲れた目だが、信頼値は悪くない。
「……頼む」
謁見の間を出ると、廊下でトワが待っていた。
「見ていましたよ、端のほうから」とトワが言う。「数字、どうでしたか」
「クラインの本音は政治的計算が62%、スケベな妄想が34%」
トワが少し間を置いた。
「……34%は高いですね」
「増えてた。最初は28%だった」
「殿下のことを考えながら話していたんでしょうね」とトワが静かに言った。「それは、一番厄介なパターンです」
「ああ」
「久遠さん、殿下に話しますか」
俺は廊下の奥を見た。
北棟の方角。今頃イリナは部屋で本を読んでいるだろう。
「話す。今日中に」
「……どう話しますか」
「事実を話す。ただ、判断はイリナに任せる」
トワが少し目を細めた。
「殿下が、自分で決めることができると思いますか」
「できると思う」
「……根拠は」
「成功率が71%まで来た。あとは本人が動く理由を自分で見つけることだ。今日の話がそのきっかけになるかもしれない」
トワが少し考える顔をした。それから、小さく笑った。
「……なるほど」
「なにが」
「久遠さんは、やっぱり誘導していますよ」
「……わかってる」
「それでもやりますか」
「ほかに方法がない」
トワがまた笑った。今度は少し違う笑い方だった。
「……がんばってください」
廊下を歩いていくトワの背中を見ながら、俺は北棟の方角を見た。
扉の下から、灯りが漏れているだろう。
今日、話さなければならない。




