第十四話 信頼値と依存値
頭の中に数字が浮かんだ。
イリナの信頼値:9%
依存値:34%
……依存値。
今まで出なかった項目だ。
文献を返してから三日が経っていた。
イリナはまた本の話をするようになっていた。でも、何かが前と違う。
以前は本を差し出してくることが多かった。今は、差し出してこない。代わりに、扉の隙間から声だけが聞こえてくる。
「レン、昨日読んだ本に面白い話があって」
「なんだ」
「百年前のドレツァに、国王が二人いた時期があったって。正統派と傍系で、十年間ずっと両方が王を名乗り続けた」
「決着はついたのか」
「外国の仲裁で。でもその外国が後にドレツァを属国にしようとしてくる。百年越しの伏線」
「……悪意がある話だな」
「歴史ってそういうもの」
くす、という小さな笑いが聞こえた。
前と同じ声だ。でも、前より少し早く笑う。少し素直に反応する。
頭の中の数字が動く。
依存値:34%→37%
「態度が変わりましたね」
その日の夕方、トワが言った。
「イリナ殿下の」
「気づいていたか」
「久遠さんが気づいているなら私も気づきます」とトワが笑う。「いい変化だと思いますよ。信頼が積み上がってきている証拠です」
「依存値という項目が出始めた」
トワの顔が少し動いた。「……それは、慎重に扱ったほうがいいですね」
「わかってる」
依存と信頼は違う。
信頼は対等に近い。依存は、支えがなければ立てないということだ。今のイリナに必要なのは依存ではなく、自分の足で立つための信頼のはずだ。
「急ぎすぎないことです」とトワが続ける。「殿下は今、文献を読んで何かを一人で抱えている。その重さをまず下ろしてもらわないと」
「どうやって」
「それは……久遠さんが考えることだと思います」
トワが軽く笑って、廊下の向こうへ歩いていった。
残された廊下で、俺はしばらく壁を見ていた。
翌朝、扉の前に座ると、いつもより長い沈黙があった。
ページをめくる音もしない。気配はある。ただ、静かだ。
「おはよう」
「……おはよう」
「今日は本を読んでいないのか」
「……読んでる」
「音がしないが」
少しの間があった。
「……考えてた」
「何を」
また沈黙。今度は少し長い。
頭の中に数字が浮かぶ。
イリナの抱え込み度:81%
三日前より少し下がっている。でもまだ重い。
「……レン」
「なんだ」
「レンは、ここにいるのが嫌になったりしない?」
俺は少し考えた。
「今のところはない」
「……今のところ、って」
「将来のことはわからない。でも今は嫌じゃない」
「……そう」
短い沈黙。
「なんで聞いた」とは聞かなかった。
聞けば抱え込み度が上がる気がした。
「レン」
「なんだ」
「わたし、レンに嘘をついてる」
俺は扉を見た。
「何の嘘だ」
「……言えない。でも、嘘をついてる」
「いつからだ」
「……あの本を読んでから」
頭の中の数字が動く。
イリナの抱え込み度:81%→76%
少し下がった。言葉にすることで、少し楽になったのかもしれない。
俺はしばらく黙った。
急かすべきではない。
でも、このまま一人で抱えさせ続けるのも違う。
「一つだけ聞く」
「……なに」
「その嘘は、お前が俺を傷つけるためのものか」
扉の向こうで、息を吸う音がした。
「……違う」
「なら急いで話さなくていい。話せるときに話せばいい」
長い沈黙が続いた。
それから、扉の向こうから小さな音がした。
ぐしゃ、という、かすかな音。
俺は動かなかった。
扉を開けようとも、声をかけようとも思わなかった。
ただ、そこにいた。
しばらくして、音が止まった。
「……レン」
「なんだ」
「……いてくれてありがとう」
声が、少し掠れていた。
頭の中に数字が浮かぶ。
イリナの信頼値:9%→14%
俺はその数字を見た。
それから、扉の灯りを見た。
「ああ」
それだけ返した。
ページをめくる音が、また始まった。




