幕間 おばあちゃん
「一回でいいので、呼んでみてください」
トワが言った。
夕食後の廊下だ。人の気配はない。松明の光が石の壁に揺れている。
「断る」
「なぜですか」
俺はトワを見た。
童顔で小柄で、どこからどう見ても二十代前半にしか見えない女が、真剣な顔をしている。
「見た目が二十代だからだ」
「それは関係ないでしょう」
「大いに関係がある」
「久遠さん」
トワが少し身を乗り出した。
「私が何百年かけて探したか、わかってますよね」
「わかってる」
「砂漠の砂金、という話もしましたよね」
「した」
「何百年ですよ。何百年。その集大成として、一回くらい呼んでもいいんじゃないですか」
頭の中に数字が浮かぶ。
トワの本気度:94%
営業スマイル:6%
……珍しい。ほぼ本気だ。
「……」
「久遠さん」
「……」
「久遠さん」
「わかった」
俺は小さく息を吸った。
廊下を見る。誰もいない。
「……おばあちゃん」
ぼそっと、ほぼ聞こえないくらいの声で言った。
トワが顔に手を当てた。
「……聞こえませんでした」
「聞こえただろう」
「聞こえませんでした。もう一度お願いします」
「……」
「久遠さん」
「……おばあちゃん」
今度は少しだけ大きく言った。
廊下の奥から、足音が聞こえた。
曲がり角から侍女が一人、盆を持って歩いてくる。俺たちの前を通りかかった瞬間、盆の上のカップがかたりと音を立てた。
侍女の目が、一瞬だけ俺とトワを見た。
頭の中に数字が浮かぶ。
侍女の困惑値:100%
「墓まで持っていく」意志:100%
侍女は何も言わなかった。
視線を前に戻して、足早に廊下を歩き去っていく。角を曲がって、消えた。
静寂が戻った。
「……」
「……」
「聞こえたか」とトワが聞く。今度は少し違うトーンで。
「聞こえた」
「……よかった」
トワがそれだけ言って、視線を石畳に落とした。
いつもの営業スマイルが、今は影を潜めている。
頭の中の数字が、また霞んで消えた。
「……一回だけだ」
「はい」とトワが言った。「ありがとうございます、久遠さん」
「レンでいい」
トワが顔を上げた。
「……はい」
それ以上は何も言わなかった。
廊下に、松明の音だけが小さく響いていた。




