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引きこもり天才姫は俺にしか懐かない〜存在しない者が、一人の姫の一生を見届ける〜  作者: アルコール吸引マシン5号
序章 扉が開くまで

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第十二話 三秒でわかる

「レン、あの人たちの目的、三秒でわかる」


翌朝、扉の隙間からイリナが言った。


「聞かせてくれ」


「わたしに近づかせたくないだけ。レンが邪魔なんじゃなくて、誰かがわたしの近くにいること自体が邪魔なの。長年そうやって城を動かしてきたから」


「……正確だな」


「地図と同じ。見ればわかる」


扉の隙間から、紙が一枚差し出された。

受け取って広げると、人名と役職と矢印が細かく書き込まれている。城内の派閥図だ。


「これは」


「城の人間関係。バルタンは財務統括だけど、本当は三つの貴族家の調整役。この三家が結託して国王に圧力をかけてる。表に出るのはバルタンだけど、後ろにいる人間のほうが本命」


「よくこれだけ把握できたな」


「十年分の書類を読んだから」


淡々と言っている。


「対処法は」と俺は聞いた。


「簡単。三家のうち一家を切り崩す。三つが一緒に動いているうちは圧力になるけど、一つでも抜けたら残りは動けない」


「どうやって切り崩す」


「一番小さい家のバックグラウンドを調べると、財務に不正がある。バルタンに管理させてる口座に問題がある可能性が高い。そこを突けばいい」


俺はしばらく派閥図を眺めた。


「証拠はあるのか」


「ない。でも探せばある。財務書類は城の記録室に十五年分残ってる。二日あれば見つかる」


「お前が調べたのか」


「わたしは部屋から出られない」


「……そうか」


「でも書類は全部ここに取り寄せてある。記録室から運ばせた」


頭の中に数字が浮かぶ。


イリナの自信値:91%


珍しい数字だ。いつもは警戒値や恐怖値しか出ないのに。


「わかった。動いてみる」


「あと」とイリナが言った。


「なんだ」


「バルタンに次に会ったとき、財務の話を少し振ってみて。直接突かなくていい。ちょっと知ってそうなそぶりを見せるだけでいい」


「それで動くか」


「動く。ああいう人は、バレるかもしれないって思った瞬間に一番慌てるから」


俺は派閥図をもう一度見た。

細かい字で、丁寧に、びっしり書き込まれている。


「……いつ書いたんだ、これ」


「昨夜」


「一晩で」


「時間があったから」


それ以上は言わなかった。



その日の午後、廊下でバルタンと鉢合わせた。


「クオン・レン殿、昨日は失礼を——」


「いえ。ところで、記録室の財務書類なんですが」


俺は軽い調子で言った。


「城の運営状況を把握したくて。特に十年ほど前の収支あたりを確認しようかと思っているんですが、どなたに許可を取ればいいですか」


バルタンの顔が、ほんの一瞬だけ固まった。


頭の中に数字が流れる。


バルタンの動揺値:77%


昨日より高い。


「き、記録室でしたら……管理担当の者に話を通していただければ」


「ありがとうございます。担当の方のお名前を教えていただけますか」


「……セイロン書記官です」


「助かります」


俺は軽く頭を下げて、廊下を歩き続けた。


背後でバルタンが動く気配がした。おそらく誰かに伝えに行くのだろう。それでいい。



翌日から、貴族たちが廊下で待ち伏せをしなくなった。


トワから聞いた話では、バルタンが昨日のうちに三家に連絡を取り回ったらしい。財務書類を調べられると困る家が少なくとも一家あったようで、残りの二家がその家と一緒に動いていると思われたくないと判断して、三家とも手を引いたということだった。


完全に撃退されたわけではないが、少なくとも直接の圧力はなくなった。


北棟の扉の前に座ると、すぐに隙間から声がした。


「どうだった」


「廊下で会わなくなった」


「……そう」


少しの間があった。


「役に立てた?」


声が、いつもより小さかった。


俺は扉を見た。

隙間から漏れる灯りが、かすかに揺れている。


「助かった」


「……そう」


また沈黙。


ページをめくる音が始まった。でも、なんとなく、いつもより少し軽い音がした気がした。

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