第十一話 邪魔者
頭の中に数字が浮かんだ。
廊下の向こうから近づいてくる人物の打算:100%
……また来た。
朝食を終えて北棟へ向かう途中、足音が後ろから追いかけてきた。
振り返ると、貴族が三人。
謁見の間で見た顔が二人と、見覚えのない初老の男が一人。三人とも愛想のいい笑顔を作っている。
頭の中に数字が流れる。
貴族Aの打算:100%
貴族Bの打算:100%
新顔の打算:100%
全員100%だ。毎回ぶれない。
「クオン・レン殿、少しよろしいですかな」
初老の男が前に出た。声が低く、貫禄がある。
「どうぞ」
「私はロイス・バルタンと申します。城内の財務を統括している者です」
「はじめまして」
「単刀直入に申し上げます」とバルタンが言った。「殿下のお部屋に毎日通われているとのこと、城内でも話題になっております。しかし、成果が見えない。国王陛下もご心配されていることですし、そろそろ別の方法をお考えになってはいかがですか」
「別の方法というのは」
「端的に言えば、担当を変えるということです。殿下の対応には、より経験のある者が当たるべきかと」
頭の中に数字が動く。
バルタンの本音:殿下がレンに懐くと自分たちの影響力が下がる 83% 単純にレンが邪魔 17%
なるほど。
今まで誰もイリナに近づけなかった。だから貴族たちが城内で好き勝手やってこられた。その構図が崩れるのが嫌なのだろう。
「国王から直接、担当を変えるよう言われましたか」
バルタンが少し間を置く。
「……それは、まだですが」
「では国王にそうお伝えください。国王から直接指示があれば従います」
「しかし、現状では成果が——」
「毎日通い始めて十日です」
俺は静かに言った。
「十年以上誰も開けられなかった扉が、今は毎朝開きます。成果がないとは思いませんが」
バルタンの顔が少し動いた。
後ろの二人が顔を見合わせている。
「……それは、本当ですか」
「確認したいなら廊下で見ていればわかります」
三人が黙った。
頭の中に数字が流れる。
バルタンの動揺値:61%
後ろの二人の焦り:各74%
「いずれにせよ」とバルタンが、口調を取り戻して言う。「殿下にご負担をかけるようなことは——」
「殿下のご負担を心配されるなら、廊下で大勢で待ち伏せをするのはやめたほうがいいと思いますが」
バルタンが口をつぐんだ。
「殿下のお部屋はこの廊下の先です。声が届きます」
三人がほぼ同時に北棟の方角を見た。
俺もそちらを見た。
廊下の奥、突き当たりの扉。
灯りが漏れている。
いつもと変わらない。ただ、扉が、ほんのわずかだけ開いていた。
いつもの一センチか二センチではない。もう少しだけ、広い。
「……失礼しました」
バルタンが短く言って、三人が踵を返した。足音が遠ざかっていく。
俺は扉の前まで歩いて、いつも通り横に座った。
「おはよう」
返事はない。でも、扉が閉まる音もしない。
少しの間があってから、ページをめくる音が始まった。
「……聞こえてた?」
小さな声だった。
「聞こえてたと思う」
「……そう」
また沈黙。
「レン」
「なんだ」
「あの人たち、また来る」
「来ると思う」
「……対処法、ある?」
俺はしばらく考えた。
「お前のほうが詳しいんじゃないか。十二年分の政治の本を読んできたんだろう」
扉の向こうで、かすかに息を吸う音がした。
「……そうかも」
それ以上は何も言わなかった。
ページをめくる音だけが、静かに続いた。




