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【短編】現代ドラマ短編シリーズ

ココアは心を温める

作者: 烏川 ハル
掲載日:2026/03/31

   

「ごめんな。藍川(あいかわ)のことは可愛い後輩だと思ってるし、俺も嫌いじゃないけど……。でも妹みたいなもんだから、恋愛感情とかそういう気持ちはなくて……」

 陸上部の先輩に告白したら、返ってきた言葉がそれだった。

 困った顔の先輩に対して「わかりました。変なこと言ってすいません。忘れてください!」と気丈に告げて、そそくさと立ち去ったが……。


 まっすぐ家に帰る気力はなかったらしい。

 ふと気づけば、私は公園のベンチに座り込んでいた。


 うつむいた視界を占めるのは、灰色の地面。

 こんな姿勢でいたら、どんどん気持ちも落ち込む一方だ。

「……っ!」

 自分を無理矢理、鼓舞するように顔を上げた。

 ぽたりと水滴が落ちて、自分が泣いていたことに気づく。

 その涙を拭ったところで……。


「あれっ、藍川(あいかわ)さんか……?」

 聞き覚えのある声が耳に入る。

 そちらに顔を向けると、公園横の道路を歩く半袖の少年。

 同じクラスの物部(もののべ)くんだった。


「ああ、物部(もののべ)くん。こんにちは」

「うん、こんにちは。藍川(あいかわ)さん、部活の帰りかい?」

 彼が私服なのに対して、私は制服。

 夏休みなのに制服という時点で、学校へ行ってきたと推測できたのだろう。

「そう、陸上部の練習でね。物部(もののべ)くんは……?」

「うん、僕は図書館。涼しいところで勉強したくて」

 それだけ言うと、くるりと(きびす)を返す物部(もののべ)くん。

 すぐに立ち去ってくれるのは、私としても好都合だった。

 泣いていた姿をクラスメイトに見られるのが恥ずかしかったのだ。一応、涙は拭った直後だったが、おそらく泣き跡は残っていただろうから。

 しかし……。


 5分もしないうちに、物部(もののべ)くんは戻ってきた。

 缶ジュースの(たぐ)いを手にしている。

「はい、これ」

「……?」

「僕のおごり。どうぞ飲んで」

「……?」

 無言の問いかけに対して、彼は反対側の手で頭をかきながら、苦笑いを浮かべた。

「いやあ、間違えてホット買っちゃってさ。だから代わりに飲んでくれないかな?」


「ああ、そういうことなら……。ありがと」

 まだ合点がいかないけれど、口では納得の言葉を示して、両手で受け取る。

 よく見れば、ジュースではなくココア。確かに熱々の缶で、夏に相応しい飲み物とは思えなかった。

 でも口にすると、スーッと体に染み渡る感じ。今の私には、なぜかちょうど良かったらしい。


藍川(あいかわ)さん、知ってるかい? ココアっていうのはさ、心を温める飲み物で……」

 まるで私の感じ方を言い当てられたみたいで、彼の言葉にドキッとする。

「……ほら、『《《ここ》》ろ』の『ここ』と『《《あ》》たためる』の『あ』。それを繋げて『ここあ』って命名されたんだって」


 物部(もののべ)くんは物知りだ。

 でも流石(さすが)に、このココアの由来は嘘だろう。ココアは普通、片仮名で書かれるのだから、どう考えても外来語由来のはず。

 いやココアの由来だけでなく、もしかすると先ほどの「間違えてホット買っちゃって」も嘘なのではないだろうか?


 いずれにせよ、おかげで私の心が温まったのは事実なのだから……。

 感謝を込めて、頷いておくのだった。

「へえ、そうなんだ……。ありがとう、物部(もののべ)くん」




(「ココアは心を温める」完)

   

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