ココアは心を温める
「ごめんな。藍川のことは可愛い後輩だと思ってるし、俺も嫌いじゃないけど……。でも妹みたいなもんだから、恋愛感情とかそういう気持ちはなくて……」
陸上部の先輩に告白したら、返ってきた言葉がそれだった。
困った顔の先輩に対して「わかりました。変なこと言ってすいません。忘れてください!」と気丈に告げて、そそくさと立ち去ったが……。
まっすぐ家に帰る気力はなかったらしい。
ふと気づけば、私は公園のベンチに座り込んでいた。
うつむいた視界を占めるのは、灰色の地面。
こんな姿勢でいたら、どんどん気持ちも落ち込む一方だ。
「……っ!」
自分を無理矢理、鼓舞するように顔を上げた。
ぽたりと水滴が落ちて、自分が泣いていたことに気づく。
その涙を拭ったところで……。
「あれっ、藍川さんか……?」
聞き覚えのある声が耳に入る。
そちらに顔を向けると、公園横の道路を歩く半袖の少年。
同じクラスの物部くんだった。
「ああ、物部くん。こんにちは」
「うん、こんにちは。藍川さん、部活の帰りかい?」
彼が私服なのに対して、私は制服。
夏休みなのに制服という時点で、学校へ行ってきたと推測できたのだろう。
「そう、陸上部の練習でね。物部くんは……?」
「うん、僕は図書館。涼しいところで勉強したくて」
それだけ言うと、くるりと踵を返す物部くん。
すぐに立ち去ってくれるのは、私としても好都合だった。
泣いていた姿をクラスメイトに見られるのが恥ずかしかったのだ。一応、涙は拭った直後だったが、おそらく泣き跡は残っていただろうから。
しかし……。
5分もしないうちに、物部くんは戻ってきた。
缶ジュースの類いを手にしている。
「はい、これ」
「……?」
「僕のおごり。どうぞ飲んで」
「……?」
無言の問いかけに対して、彼は反対側の手で頭をかきながら、苦笑いを浮かべた。
「いやあ、間違えてホット買っちゃってさ。だから代わりに飲んでくれないかな?」
「ああ、そういうことなら……。ありがと」
まだ合点がいかないけれど、口では納得の言葉を示して、両手で受け取る。
よく見れば、ジュースではなくココア。確かに熱々の缶で、夏に相応しい飲み物とは思えなかった。
でも口にすると、スーッと体に染み渡る感じ。今の私には、なぜかちょうど良かったらしい。
「藍川さん、知ってるかい? ココアっていうのはさ、心を温める飲み物で……」
まるで私の感じ方を言い当てられたみたいで、彼の言葉にドキッとする。
「……ほら、『《《ここ》》ろ』の『ここ』と『《《あ》》たためる』の『あ』。それを繋げて『ここあ』って命名されたんだって」
物部くんは物知りだ。
でも流石に、このココアの由来は嘘だろう。ココアは普通、片仮名で書かれるのだから、どう考えても外来語由来のはず。
いやココアの由来だけでなく、もしかすると先ほどの「間違えてホット買っちゃって」も嘘なのではないだろうか?
いずれにせよ、おかげで私の心が温まったのは事実なのだから……。
感謝を込めて、頷いておくのだった。
「へえ、そうなんだ……。ありがとう、物部くん」
(「ココアは心を温める」完)




