第4話「非効率の証明」
首都エリア中央演算フィールド。
その巨大なドームに、無数の観客が集まっていた。
『——ファンタジア・グランプリ、学生の部予選を開始します』
アナウンスが響く。
歓声が爆発する。
世界中の若きレンダラーたちが集う大会。
それが——ファンタジア・グランプリ。
評価基準は明確。
「演算精度」「処理速度」「最適性」
いかに無駄なく、最短で勝つか。
それが“強さ”とされる舞台。
だが。
「……あいつ出るのか」
「マジかよ」
「九十九零……」
ざわめきの質が、少し違った。
「例のやつだろ」
「古代芸人」
笑い混じりの視線。
それは他校の生徒からも同じだった。
「へぇ」
対戦フィールドに立つ男が、肩を鳴らす。
「お前が九十九零か」
短く整えられた黒髪。
無駄のない姿勢。
「鳴海シンジ。蒼嶺工科だ」
優秀校の代表格。
「一応聞くけどさ」
軽く笑う。
「その……“芸”、ここでもやるの?」
「芸じゃねぇよ」
零は構える。
「技だ」
「……はは」
シンジが笑う。
「いいね、嫌いじゃないよそういうの」
だが、その目は冷静だった。
「でもさ」
一歩踏み出す。
「ここは“遊び場”じゃない」
空気が変わる。
「最適解で、潰す」
「試合、開始——!」
合図と同時に。
シンジの姿が消えた。
(速い)
零の視界から消える。
次の瞬間。
「終わりだ」
背後。
正確無比な一撃が迫る。
だが——
「……だよな」
零は、笑っていた。
シンジの拳が——
空を切る。
「なに……?」
そこにあったのは。
零の姿。
——“数秒前の”。
「……なんだそれ」
シンジが眉をひそめる。
観客席もざわつく。
「分身?いや違う……」
通常の分身は、視覚欺瞞か高速移動。
だがこれは違う。
「そこに……“残ってる”?」
解説席。
「今のは……通常のホログラムではありません」
アナリストが言う。
「九十九零は、過去の自分の位置情報を再現するのではなく」
画面を指す。
「空気の屈折率を固定して“光の経路”を保存している」
フィールド上。
「正解」
零が笑う。
「普通はさ」
一歩踏み出す。
「“いない場所にいるように見せる”だろ?」
さらに一歩。
「でも俺は違う」
シンジの横に現れる。
「“いた場所を残す”」
「っ——!」
シンジが反応する。
だが。
遅い。
拳が届く前に、零は消える。
そして——
別の場所に“現れる”。
「なんだよこれ……!」
観客がざわめく。
「全部本物か!?」
「違う、でも消えてない!」
アリスは、静かにそれを見ていた。
「……残像じゃない」
目を細める。
「“光の固定”……」
理解はできる。
だが。
「……非効率」
あまりにも手間がかかる。
普通なら、そんなことはしない。
——なのに。
「……読めない」
シンジが距離を取る。
「なるほどな……」
呼吸を整える。
「面白いじゃん」
目が変わる。
「でも」
手をかざす。
「所詮“見せかけ”だ」
空間に複数の予測ラインが走る。
「全部、潰す」
高速連撃。
すべての残像を一斉に破壊する。
だが——
「いねぇ……!?」
本体が、いない。
「こっちだよ」
背後。
「っ——!」
振り向く。
そこにいたのは、零。
“今の”零。
「残像はさ」
静かに言う。
「フェイントじゃねぇ」
拳を握る。
「“演出”だ」
距離が開く。
互いに構える。
空気が張り詰める。
「……次だな」
零が、ゆっくりと両手を引く。
「おい」
ユウが観客席で呟く。
「出るぞ……」
「か……め……」
「……は?」
シンジが眉をひそめる。
「まさか」
「は……め……」
空気が変わる。
周囲の粒子が、わずかに震える。
「なんだこの圧……!?」
観客がざわめく。
地面が浮く。
小石が宙に舞う。
解説が声を上げる。
「これは——磁気閉じ込め!?」
「周囲の自由電子を掌に集めている……!」
「波ァ!!!!」
放たれる。
青白い閃光。
一直線のエネルギー。
だがそれは、ただのビームではない。
圧縮された“密度”そのもの。
「っぐ……!!」
シンジが防御する。
だが。
「重い……!?」
押される。
じわじわと。
確実に。
「普通のビームはさ」
零が言う。
「すぐ撃つだろ?」
さらに押し込む。
「でもこれは違う」
笑う。
「溜めた分だけ、強くなる」
「——バカな……!!」
シンジの防御が崩れる。
そのまま。
轟音とともに吹き飛ばされる。
静寂。
そして。
「勝者——九十九零」
会場が、ざわつく。
「……マジで勝った?」
「今の何だよ……」
理解が追いつかない。
だが。
目は離せない。
零は、ゆっくりと息を吐く。
そして。
観客席を見る。
その中に。
アリスを見つける。
「……」
アリスは、無言で見ていた。
その目は。
わずかに、変わっていた。
「……無駄なはずなのに」
小さく呟く。
「なんで……あんなに強いの」
答えは出ない。
だが。
確実に。
何かが、崩れ始めていた。




