第3話「再現者(ファンタジスタ)」
昼休みの屋上は、少しだけ風が強かった。
「……だから無理だって」
フェンスにもたれながら、ユウが言う。
「お前のその“ロマン理論”で大会勝てるわけねぇだろ」
「勝てるわ」
即答だった。
「根拠は?」
「カッコいいから」
「はい論破」
ユウはパンの袋を丸めて、軽く投げる。
それを片手で受け取りながら、零は空を見上げた。
青い空。
雲がゆっくり流れている。
「……なあ」
「ん?」
「お前さ、最初に“すげぇ”って思ったの何だった?」
「は?」
唐突すぎる質問に、ユウが眉をひそめる。
「いや、なんでもいいんだけどさ。子供の頃とか」
「……急に何だよ」
「いいから」
少し考えて。
「……まあ、飛行機とかじゃね」
「あー、わかる」
「あとゲームとか」
「それもわかる」
頷きながら、零は言う。
「俺さ」
「ん?」
「漫画だったんだよ」
——小さい頃。
薄暗い部屋の中。
古びた段ボールを漁っていた。
「これ何?」
埃をかぶった本を取り出す。
「昔の漫画よ」
母親が言う。
「読んでいい?」
「いいけど、難しいんじゃない?」
ページを開く。
そこにあったのは。
拳を突き出し、エネルギーを放つ男。
印を結び、分身する少年。
空を飛び、叫び、戦う人間たち。
「……すげぇ」
息を呑んだ。
ページをめくる手が止まらない。
現実にはありえない光景。
でも。
「……できる」
ぽつりと呟いた。
「え?」
「これ、できると思う」
母親は苦笑する。
「絵だからね、それ」
「でも、できる」
その時、零の中で何かが“決まった”。
——現在。
「いや普通できねぇよ」
ユウが即ツッコミ。
「できるって」
「できてねぇだろ昨日」
「昨日は調子悪かっただけ」
「言い訳が雑」
零は立ち上がる。
「いいかユウ」
「はいはい」
「大事なのはな」
手を前に出す。
「“それっぽさ”だ」
「雑すぎるだろ説明が」
「いやこれマジで重要なんだって」
零は真剣な顔になる。
「人間ってさ、完全な現実より“それっぽい嘘”の方が信じるんだよ」
「……どういうことだよ」
「例えば分身」
零は指を鳴らす。
「普通はどうする?」
「単純だろ。視覚欺瞞で一体を複数に見せる」
「そう、それが“正解”」
零はニヤッと笑う。
「でも俺は違う」
「嫌な予感しかしねぇ」
「“そう見える過程”を全部再現する」
「……は?」
「目の残像、認識の遅延、動きのブレ——全部な」
ユウが一瞬黙る。
「……それ、クソ面倒じゃね?」
「めちゃくちゃ面倒」
「だろうな」
「でも」
零は拳を握る。
「その方が“来る”」
「またそれかよ」
ユウは頭を抱える。
「だからその“来る”って何なんだよ」
「うーん……」
少し考えて。
「……テンション?」
「雑すぎる」
その時。
「危ないっ!」
女子の声。
二人が振り向く。
屋上の端。
強風で飛ばされたノートが、フェンスを越えそうになっている。
「やべ」
「おい零!」
「任せろ!」
零が走る。
(風速、角度、落下軌道——)
瞬時に計算する。
だが。
「——違う」
足を止める。
「は?」
ユウが困惑する。
零は目を細める。
(ただ取るだけじゃダメだ)
イメージする。
漫画のワンシーン。
風に舞う紙。
それを掴むヒーロー。
「……これだ」
手を伸ばす。
「軌道補正、視覚演出追加——」
空間が、わずかに歪む。
ノートの軌道が変わる。
風に乗り、ゆっくりと舞い上がる。
「え……?」
女子が息を呑む。
零は跳ぶ。
空中でノートを掴み、そのまま着地。
ふわり、と髪が揺れる。
完璧な“それっぽさ”。
「……どうぞ」
ノートを差し出す。
「……あ、ありがとう……!」
女子の頬が少し赤い。
それを見て。
「……見たか」
零がドヤ顔。
「いや今のはちょっと良かったな」
ユウが素直に言う。
「だろ?」
「でもやっぱ無駄多い」
「そこなんだよなぁ……」
少し離れた場所。
その様子を見ている人物がいた。
白瀬アリス。
「……」
無言で、零を見つめる。
今の動き。
明らかに過剰演算。
もっと簡単に解決できた。
それなのに。
「……綺麗」
ぽつり、と呟く。
その言葉に、自分でわずかに驚く。
効率ではない評価。
最適解ではない価値。
「……無駄」
言い直す。
だが。
視線は逸れなかった。
「よし」
零が拳を握る。
「これでモテる流れ来てる」
「単純だなほんと」
「大会もこの調子でいく」
「いや不安しかねぇ」
ユウがため息をつく。
「でもさ」
零は空を見上げる。
「絶対、あの感じで戦えたらさ」
「ん?」
「カッコいいだろ」
その目は、まっすぐだった。
迷いがない。
「……まあ」
ユウは肩をすくめる。
「お前はそれでいいんじゃね」
「だろ?」
「ただし負ける」
「そこなんだよ!!」
その頃。
アリスはひとり、廊下を歩いていた。
頭の中に浮かぶのは、先ほどの光景。
非効率。
冗長。
無駄。
それでも。
「……なぜ」
足を止める。
「目を引く」
答えは出ない。
だが。
確実に何かが、揺らぎ始めていた。




