第1話「非効率なヒーロー」
西暦20XX年。
人類は、現実を“演算”する時代に到達した。
かつて空想だったものは、すべて数式へと還元される。
空を飛ぶ。火を生む。分身する。——それらはもはや奇跡ではない。
思考し、計算し、再現する。
超AIが確立した「演算現実」は、世界の在り方そのものを塗り替えた。
そして——その最前線に立つのが。
「——重力圧縮、完了」
静かな声と同時に、空間が歪んだ。
目には見えない。だが確かに存在する圧力が、一点に収束する。
ぐしゃり、と鈍い音。
対峙していた生徒が、抵抗する間もなく地面に叩きつけられた。
「勝者、一ノ瀬カイ」
アナウンスが響く。
一瞬の静寂のあと、観客席からため息混じりの歓声が上がった。
「やっぱカイ様だな……」
「無駄が一切ねぇ」
「処理速度も精度も、全部バケモン」
勝者——一ノ瀬カイは、何も言わずにその場を離れる。
汗一つかいていない。
呼吸も乱れていない。
ただ“最適解”を実行しただけ、という顔だった。
ここは国立演算特区・聖ルミナス学園。
演算現実を扱う者——“レンダラー”の頂点を育てる場所。
この学園で評価されるのは、ただ一つ。
最短で、最適に、確実に勝つこと。
無駄を排し、理論通りに結果を出す者が、強者と呼ばれる。
——ただし。
「……まだだ……」
場違いな声が、空気を切り裂いた。
「……?」
何人かが振り返る。
そこにいたのは、一人の男子生徒。
九十九零。
彼は、戦闘エリアの端で奇妙な構えを取っていた。
腰を落とし、両手を引き、目を閉じている。
まるで、何かを“溜めている”かのような姿勢。
「……来たぞ」
「例のやつ」
ひそひそとした笑いが広がる。
「古代芸人」
「博物館送りの技使うやつな」
だが零は微動だにしない。
「……集中……」
ぼそり、と呟く。
「いや長ぇよ!!」
即座にツッコミが飛ぶ。
だが本人は至って真剣だった。
「か……め……」
「やめろ!!」
何人かが頭を抱える。
それでも止まらない。
「は……め……」
その瞬間。
空気が、わずかに震えた。
ほんの一瞬だけ、場の温度が変わる。
誰かが息を呑む。
——来るのか?
そんな錯覚。
そして。
「波ァ!!!!」
放たれたそれは——
ぱしゅん。
情けない音とともに、空気を少し揺らしただけだった。
「…………」
一拍。
静寂。
そして。
「ダッッッサ!!!!!」
爆笑が巻き起こった。
「今の何!?」
「風起こしただけじゃねぇか!」
「やっぱりやりやがった!」
腹を抱えて笑う者までいる。
完全に、場は“ネタ扱い”だった。
だが。
「……見た?」
零は、ドヤ顔だった。
真顔で、胸を張っている。
「今の、かなり再現度高かったぞ」
「どこがだよ!!」
ツッコミが飛び交う。
だが、その中で。
「……古」
静かな声が落ちた。
その一言で、空気がわずかに変わる。
視線が向く。
そこに立っていたのは、銀色の髪を持つ少女。
光を反射するような、淡いシルバー。
整った顔立ち。だが感情はほとんど見えない。
白瀬アリス。
「効率、悪すぎ」
淡々と告げる。
零の動きが止まる。
「え」
アリスはそれ以上何も言わず、踵を返した。
その背中には、一切の迷いがない。
「……ちょ、待っ」
手を伸ばすが、届かない。
残されたのは、再び広がる笑い声。
「くっ……」
零は歯を食いしばる。
拳を握る。
(……絶対モテる)
それが、彼の原動力だった。
「いや無理だろ」
昼休み。
パンをかじりながら、佐伯ユウが言った。
「何がだよ」
「全部だよ」
即答だった。
「その路線でモテる未来、1ミリも見えねぇ」
「見えるわ」
「どこに需要あんの“かめはめ波”」
「ロマン枠だろ」
「ロマン枠はな、顔面偏差値高いやつ専用なんだよ」
「うるせぇな!」
机を叩く。
周囲が少しだけ振り向く。
「見てろよ、あの子だって——」
「はい出た」
ユウが遮る。
「ヒロインちゃんね」
「ヒロインって言うな」
「名前覚えてねぇのかよ」
「……覚えてるし」
「言ってみ」
「…………」
沈黙。
「ほらな」
「今思い出してたんだよ!!」
ユウはため息をついた。
「いいか零。お前に足りないのはな」
「センスか?」
「全部だよ」
「ひでぇな!?」
「特に“効率”」
びしっと指を突きつける。
「今の時代、最適解出せないやつはモテねぇの」
零は少しだけ黙る。
「……でもさ」
「ん?」
「なんか、つまんなくね?」
「は?」
「全部AIがやってくれるならさ。人間いらなくね?」
ユウが言葉を止める。
「……またそれか」
「だってさ」
零は自分の手を見る。
「溜めとか、無駄とか言われるけどさ」
ぐっと拳を握る。
「なんか、“来る”じゃん」
「来ねぇよ」
「来るって!!」
「擬音で説明すんな」
ユウは肩をすくめる。
「まあ……お前が楽しそうならいいけど」
「だろ?」
「ただしモテはしない」
「そこなんだよ!!」
放課後。
「きゃっ!」
曲がり角で、食パンをくわえた女子が転びかける。
あまりにも古典的な光景。
だが。
「来た」
零の目が光る。
「任せろ!」
「え!?」
思考が加速する。
(速度、角度、接触点——)
手を振る。
「位置ベクトル補正!」
空間がわずかに歪む。
女子の身体が、ありえないほど自然な軌道で回転し——
ぱふん。
完璧な形で収まった。
「……え?」
女子が固まる。
「今の……」
零は息を吐く。
「基本だろ」
ドヤ顔。
遠くで見ていたユウが頭を抱える。
「なんでそこだけ無駄に本気なんだよ……」




