ep2-それは、旅立ちの③-
それからおよそ1時間程。
特に会敵することも無く車は進み、カイルは荒れ果てた路面と荒ぶる運転の為、かなり参っていた。
後ろのエウレリアですら、静かに沈黙しているが、膝の上で握る拳は震えており、顔色が青ざめているのは確実だった。
「見えたよ〜!あれがウチらの家、泥灰型母艦の橄欖だよ〜!可愛いでしょ〜。」
気持ち悪いのを我慢して、カイルは何とか視線を上げる。
そこに駐留していたのは、全身を濃い灰色に、一部を黄緑色に塗装された大型の陸上艦。
車体の全長の大半を占めるほどの、左右前後に分割された巨大な無限軌道装置は、それだけでもエンヴィスの全高より大きかった。
前に回り込むと全体が左右の駆動用ブロックと、中央のメインブロックに分かれたシンプルな構造だと見てわかる。
更に艦に近づくと、中央前部の突出した部分が上下に分かれてせり上がり、下部分からラダーが勢い良く降下して地面に突き刺さる。
呆気に取られるカイルの前では、先行するエンヴィス2機がそこから侵入する。
それに続くかたちでペゼリアの操る車も、跳び乗る程の勢いで着艦する。
中は外見通りかなり広く、中央はエンヴィスが余裕で通れる程の通路になっており、その左右にはエンヴィスが立ち並んでいる。
今着艦した2人のエンヴィスが、空いている左側のドックに接続すると、全部で8機がこの艦には存在していた。
「みんなただいま〜!」
あれだけ荒い運転をしていたペゼリアは、まるで疲れた様子も無く、運転席から飛び出して大声で挨拶する。
周りので整備する人達の顔に疲れは見えるが、彼女の元気一杯の笑顔には癒されるのか、全員が元気に返事をする事で、格納庫には活気が溢れていた。
カイルは這いつくばりながら、何とか車から降り、側にあった椅子に腰掛ける。
天を仰いで深く深呼吸をするカイルの横に、後部座席から降りたエウレリアが深く腰掛ける。
真っ青で虚ろな表情をしている為、無理に平然を保っているのがよく分かった。
「ゴメンね〜、ウチハンドル持つと人が変わるってよく言われるんだ〜。」
ペゼリアはいつも通りのテンションで2人にボトルの水を手渡す。
カイルは全力で飲み干してペゼリアに感謝の言葉を返すが、先程のテンションとは裏腹にその顔には後悔が表れていた。
目を逸らすように隣を見ると、エウレリアが水を飲み干して深く息を吐いていた。
それは安堵の表れだったのか、移ろわぬ表情の中に笑顔を見たとカイルは思った。
「何か?」
カイルの視線に気づいたエウレリアは、何も無かったかのように静かに呟いた。
それに慌てるカイルを見てペゼリアの顔には微笑みが戻っているのだった。
「あー、本当にコックピットは長時間いるものじゃ無いっすねー…。」
「ん、ベルトが窮屈で嫌。」
エンヴィスのコックピットからは、シンディナとフレンツェラが降車する。
いつの間にかしっかりと軍服を身に着けたシンディナに、カイルは少し違和感すら感じた。
「とりあえずブリッジに行こっか、姐さんに報告しなきゃだからね〜」
ついてきて、と手招きしてペゼリアは陽気に歩いていく。
カイルが横目でエウレリアを見たが、2人は自然と目が合った。
エウレリアは一瞬眉を跳ね上げたが、何も言わずに立ち上がるとペゼリラの後を追って無言で足を進める。
その足取りは確固たるものであり、そこに先程の不調を見ることは無かった。
「ただいま帰ったっす。」
格納庫から通路を通りエレベーターに乗り、その出口で5人を待ち受けていたのは、艦の大きさに対してやや小ぶりなブリッジだった。
入り口はブリッジの横に接続されており、左側が前方になっていた。
中央のフロント席に一人、その左右に一人ずつ。
さらに向かって右、ひときわ高く設えられた席にもう一人がいた。
「よく戻った。皆無事で何よりだ。」
右側の女性は、5人の姿を見ると階段を降りて来る。
その動作や風貌から、ここにいる他のメンバーより少し年上の雰囲気をカイルは感じた。
しかしその女性の脇をペゼリアは走り抜け、すぐ左に座る女性とハイタッチ。
女性が鼻歌混じりにエレベーターに乗り込むのと入れ替わりに、その座席にペゼリアが腰掛けて大きく伸びをする。
「つかれた〜お風呂入りた〜い…」
自由奔放なペゼリラの行動を見てか、エウレリアも階段に腰を降ろす。
「君がカイルだね。歓迎するよ。」
シンディナよりも高身長なその女性は、カイルの髪をぶっきら棒にかき回す。
「とりあえず第一目標は達成っすけどね…」
「ん、街はほぼ陥落してしまった」
何ともバツが悪そうにするシンディナとフレンツェラを見て、その女性は何故かカイルを撫でる力を強めるのだった。
カイルの視界の端には、何故か椅子でクルクル回転し、チョコレートを頬張るペゼリラが映った。
彼女の精神はどうなっているのか、今のカイルには知る由も無い。
「仕方ないさ、アタイ達は可能な限り裏方だからな。」
アハハと頬を引き攣らせて笑うシンディナと、無表情にじっと手元を見つめるフレンツェラに、その女性はようやく自らの手元を把握する。
「おっと、すまないね。許してくれ。」
既に原型がわからないほどに、ぐしゃぐしゃになった髪から手を離す。
その謝罪は髪に対してなのか、ベクレルの街に対してなのか。
「いえ、大丈夫です。」
カイルは髪をさっと払い、手櫛でそれとなく取り繕う。
「いい子だね、ありがとう。自己紹介しようか、アタイはベクラール国第二独立艦隊所属、泥灰型母艦『橄欖』の艦長、コルネリスだ。よろしく頼むよ。」
「カイルです。こちらこそよろしくお願いします。」
笑顔で握手を交わす2人だが、カイルは1度瞼を伏せるとしっかりとコルネリスの瞳を見つめる。
先刻シンディナが口にした言葉は聞き間違いでは無かったようだ。
べクラールには、今も確実に軍と呼べる物が存在する。
「早速で申し訳無いんですけど、べクラール軍について教えてもらえませんか?」
コルネリスは少し困ったように、側に腰掛けるエウレリアに視線を移す。
エウレリアは1度カイルの瞳の中の決意を確認すると、コルネリスに向き直り頷いた。
裏方と先程言っていた事から、一部隊の艦長クラスであっても簡単に口外できる事では無いと言う事だろう。
「わかった。簡単に説明させてもらうよ。」
要約するとこうだ。
約8年前、このルディルノア大陸全土で争いが起こった。
その争いはかつてべクラール公国が誇った、人体機械化技術いわゆるサイボーグ技術を求めて、西のゲードラウス山脈を超えて南にある国、ワッグル軍事帝国が起こした物だった。
戦火はワッグル軍事帝国の北にある近隣の小国へも飛び火し、耐え兼ねた近隣国は同盟を組み反旗を翻す。
後にロンド共和国となるその国によりべクラール公国王都は崩壊、元凶であるサイボーグ技術が焼失した事により戦争は一時的に収まる事となったのだ。
その後べクラール公国残党軍は、王都を失った為べクラール国と名を改め、他国への反撃の準備を進めているという事だった。




