ep1-選ばれし者④-
「ねえねえ、今日はお外に行かないの?」
ソファにもたれ掛かるカイルの膝の上で、カイルに絵本を読んでもらっている、左右で三編みにした少女が問いかける。
曇天の為直接陽光は確認できないが、街に落ちた薄闇が夕刻の近さを示していた。
「あ、うん、今日は家にいなさいってママとパパに言われてるから。」
「ふーん。」
カイルが少女の頭をワシャワシャと撫でると、歯抜けになった前歯を見せて、ニカッと笑った。
カイルもつられて自然と口元を緩ませ、ため息混じりにふと窓の外に視線を移す。
「ん?」
庭先にある垣根の隙間からこちらを覗く2人の子供の姿。
カイルが見つけると同時にこちらに手を振って飛び跳ねる2人は、灯りを灯し始めた街灯で薄っすらと見える程度だが、今日会うと約束した2人に違い無かった。
「あいつら、俺が行かなかったもんだから」
「あ、カイル兄ちゃん!外出ちゃダメなんでしょ?」
「庭から外には出ないよ!」
2人が来てくれた、2人に会える。
その喜びで満面の笑みで膝上の子を降ろして走り出したカイルは、子供達の制止を振り切って一目散に庭へと駆け出す。
クレアママやアル父様との約束の事など、その一瞬は完全に頭から消える程に嬉しかったのだ。
「何で今日は来なかったんだよ!」
「そうわよ!何時まで待っても来ないからこっちから来てあげたのわよ!」
垣根の隙間には柵があるものの、3人の子供が抱き合うには十分な空間はあった。
2人は慣れない繁華街を白い目で見られるのをさけるためだろう、普段とは違い小綺麗な装いを纏っていた。
しかし2人には大きすぎる服は、おそらく親の一張羅を無断で借りてきたのだろう。
「ごめん、昨日の今日でアル父様に怒られるのも嫌だしさ…」
「まぁ、元気なんならオッケーなんだけどさ。」
「そうわよ。けどもうすぐ完全に日も暮れるわよね。私もお父様に怒られたくないからそろそろ帰らないとダメわよ。」
3人は普段と同じように笑顔で話していた。
いつも小屋で話すような自然なやりとり。
普段と違うのは薄闇で見えにくいお互いの顔、ボロボロな普段着と違う親の余所行きの綺麗な服。
そして、2人とカイルを隔てる決して高くは無い鉄の柵。
「そうだな。今日は帰るから、明日は絶対来いよな!」
バイバイと手を振って、慣れないズボンとスカートの裾を擦らないように持って2人は立ち去る。
…灯りの無い暗闇の中へ。
「ああ!また明日な!」
手を振って彼等を見送るカイルは、街を出る事を彼等に伝え忘れた事を今思い出したが、それもまた明日でいいかと、明日の、普段通りの日常に胸を膨らませた。
…しかし、それは突然目の前でおこった1つの爆発で決して叶わぬ願いと散った。
「え…」
カイルは立ちすくむしか無かった。
彼等を巻き込んだ爆発は、続けて街全体へと広がり出した。
先程まで興奮していたためか気付かなかったが、周囲では地鳴りと走行音、そして重低音を連続しておこす銃撃。
「な…なん…で?」
火事で照らされる街並みには、人型の機械人形ディダを一方的に蹂躙する小型の人型兵器。
街を見渡すと、昨日までいたディダの姿の殆どが見当たらない。
圧倒的な戦力差で建物や人を巻き込んで破壊を尽くす小型機械人形。
多勢に無勢とはこの事だった。
次第に爆発音が減り、銃撃音と建物が崩壊する音のみが増えていく。
「カイル!どうして外にいるの!早く中に入りなさい!」
玄関から飛び出したクレアがスカートの裾を握りながら駆け寄り、カイルを抱きしめる。
雫が頬を伝うクレアの今の状況からは、普段の冷静な彼女を想像する事すら難しい。
「クレアママ…2人が…」
呆然とするカイルはには、クレアの行為に対してのアクションを起こすことすらできず、腕に力を入れることも涙を流すことすら叶わず、ただ立ちすくむのみであった。
その視線の先には物言わぬ2つの焦げた人型が横たわるのみだった。
「なぜ…こんなの予定には…!」
クレアが次々おこる火災を見上げてぼそっと呟いた。
それはカイルの耳にも確かに届いていたが、カイルはそれを理解する余裕すら無かった。
「クレア!カイル!無事か!」
銃撃を潜り抜けて、1台の大型車が正門前に到着する。
軍用であろうか、厚い装甲に覆われた新緑の車からは、普段の白いスーツに包まれたアルマンが現れた。
しかしそのスーツもこの騒動の為か所々が煤で汚れていた。
「アルマン様、これはいったい!」
クレアが微動だにしないカイルを他所に、アルマンの元へと駆け寄る。
それとほぼ同時に、孤児院の子供達も駆け寄り、彼等の腕の中で嗚咽をあげている。
「よし、間に合ったか!みんな乗るんだ。この街から逃れるぞ!」
1台の装甲車では普通には収まりきらないはずだが、子供達は後ろのシートに次から次へと乗り込んでいく。
無理矢理詰め込まれた後ろのドアをクレアが閉めるが、その車体は大きく揺れ動いていた。
「カイル、何してるの!早く!」
その声に気が付くと、運転席にアルマンが乗り込み、クレアが助手席から片足を乗り出してこちらに手を伸ばしている。
決して遠くは無い距離だった。
頑張って走ればすぐにたどり着いたであろう距離。
しかし現実は無情にも、彼等とカイルを引き離す。
「うわぁ!」
突如爆風がカイルを襲う。
吹き飛ばされたカイルの元に、大小無数の破片が襲いかかる。
その破片の模様には見覚えがあった。
この街でも一際立派な白い石造りの建物の破片。
それはカイルが幼少期から生活した、良くも悪くも思い出が詰まった場所。
瓦礫で全貌は見えないが、遠くに見えるのは紅蓮の炎に包まれて崩壊する孤児院だった。
カイルは我に帰って家族を、車を探そうとしたが、瓦礫に阻まれて向かえそうに無い。
激しい騒音は彼等を呼ぶ声も、彼等の声も掻き消してしまうほどだった。
どうすればいいのか分からず、その場に座り込むカイルの背後では、強大な地響きがその音を止めた。
「あ…あぁ…」
ゆっくりと振り返るカイルの視線の先には、5メートル程の機械の巨人。
巨人と言うよりは前後に突き出た中央のカプセルに長い手と、不釣り合いに短くなっている脚部を備えた、人型に似た車に近い印象を受けた。
冷静にそれのイメージを頭で整理できたのは、それが自分に銃口を向けていたからなのかも知れない。
目の前の恐怖、周囲からの恐怖、自分の死への恐怖。
それらが逆にカイルを冷静にさせたのかもしれない。
逃げる選択肢もあったのだろうが、逃げても弾丸がカイル自身を粉砕する未来からは逃れられないのだろう。
カイルはその場で生唾を飲み込む事しかできなかったが、それがカイルに向けて放たれる事は無かった。
それは右横から突如襲撃した、視認する事も難しい無数の音速の弾丸。
目の前の機械人形は一瞬にして粉砕爆散し、カイルの視界には右の建物の影からゆっくりと歩みを進める、桃色の発光部を持つ白と緑の10メートル程の機械人形。
所々丸みを帯びた形状は、カイルの知るディダ等の機械人形とは似ても似つかなかった。
「カイル…でよろしかったですか?」
その白と緑の機械人形が自分を見下ろして声を発した。
拡声器を通した機械越しの声には聞こえず、聞いたことのない女性の冷静な生声に聞こえた。
「え?」
「あなたが、カイル、で間違いないですか?」
思わず聞き返すカイルに、その声の主は同じように冷静に返答した。
周りの騒動もこの一瞬は一切感じず、ただひたすら彼女の存在に、透き通った声に、カイルの世界は静かに染まっていった。
「え…あ…はい。」
「それはよかったです…」
その返答とともに前方からの爆風がカイルを襲い、カイルは思わず片手で顔を隠し目を瞑った。
しかし、風がやんだ後目を開けた先に巨大な機械人形の姿は無く、1人の少女がこちらを振り返り、両手でスカートの裾を持ち上げ、カイルに向けて深々と頭を垂れていた。
「お迎えにあがりました。カイル。」
それは、とても戦場に似つかわしく無い紺と白のゴシック服。
一糸乱れぬ容姿がより一層不気味だが、火災の灯りに照らされた黄金の長い髪をはためかせ、少女は笑顔を見せることも汗をかくことも無く、ただその視線は冷徹にカイルを見つめていた。




