ep3-TeX体①-
橄欖の格納庫では、シンディナとフレンツェラのエンヴィスが整備を受けていた。
先程車で乗り込んだ時は、格納庫の最下層から昇降機でブリッジに向かったが、今カイルが足を進めているのは、中段にある壁脇の通路。
カイルは来る道中で用意された、紺色の軍用衣に衣装替えしていた。
戦線に赴く艦船であるためか、予備の軍用衣は各サイズ豊富に取り揃えられていた。
軍用衣には種類があるらしく、その役職によって色が違う以外は好きにしていいらしい。
好みに合わせてズボンやスカート等多種多様な取り扱いがあり、危うく備品管理担当の着せ替え人形にされるところであった。
歩みを進める中、先刻側で稼働していた時には気付かなかったが、装甲には大小様々な傷がついており、その中には弾丸と思われる抉れた傷跡も散見された。
他のエンヴィスも含め合計して6機が整備途中で、奥に残された真新しい2機と見比べると、昨晩の戦闘が如何に激しいものだったのかが、一目で理解出来ると言うものだろう。
そして、奥に残された整備済みの一機の前に、整備士はカイルを案内する。
「これが…」
手が届く距離に存在するエンヴィスという他に見ない新型の機械体は、表面に艶が出る程綺麗な純白と鈍色に輝く金属部品により、胸元から見上げる表情に荘厳なものを感じ、カイルは思わず身震いした。
「エンヴィスの基礎モデルであるN型っす。何の強化もされて無いっすけど、その分扱いやすくなってるっすよ。」
カイルのすぐ右でシンディナは、声を高々に揚げて、自らのエンヴィスA型のコックピットからせり出したシートへ腰を落とす。
そのシートが収納されてコックピットハッチが収容されたのを確認し、それに続いてカイルもシートに腰掛ける。
整備士の指示の下ボタンを操作すると、シートの背面ユニットがカイルに吸い付くようにその身を固定させる。それに驚く間もなく、カイルはその身をエンヴィスのコックピットに収容された。
既に機体の起動は終了しているらしく、胸部のハッチが閉まるのとほぼ同時に、上前左右のモニターに外部情報が映し出される。
自分の位置より上部にある、カメラから送り出された映像が、先程まで忘れていた戦場の緊張感を思い出させる。
計器類や各種ボタンやコンソール、怪しく光を放つランプ等、それらがここが戦闘兵器の中であると再確認させ、カイルは生唾を飲んだ。
『私達が護衛するっすけど、いざという時は自分の身は自分で守るっすよ?』
外部マイクが拾う音とは別に、シートのヘッドレスト脇のスピーカーから、シンディナの声が鮮明に耳に入る。
「やってみますけど…そもそもに動かせるかすら…」
正直、何も教えてもらってはいない。計器類の読み方どころか、手元の操縦桿や足元のペダル、武器の扱いなど以ての外だ。
『大丈夫。エンヴィスは簡単な操作だけでオートマチックで動いてくれる。足を動かすのはペダル、腕はレバー。後は感覚に頼ればいける。』
カイルにとって、フレンツェラの言うことは残念ながら的外れだと感じた。
それは何でもやってのける天才の感想だと。
現状で理解したのは、身体全体の動きである程度全体の動きを補助してくれそう、という感じだろうか。
『シンディ〜、突撃しないで、ちゃんとカイルちゃんの面倒みてよ〜』
スピーカーは、艦橋にいるペゼリアの声も通信機越しに取り込む。
しかし、どういう方法で誰と通信が出来るのか等、今のカイルには気にする余裕などないのだった。
どのボタンや計器が何なのか、何か一つでも分かる物は無いか、薄暗いコックピット内を目線だけで追いかける。
そんなカイルを他所に、すぐ右に立つシンディナのエンヴィスが、格納庫中央レーン後端の足置きに両脚をセットする。
『それじゃあまるで、いつも私が無鉄砲に突撃してるみたいじゃないっすか。もぉ…シンディナ、D212、エンヴィスA型、出るっすよ!』
その声に気づいたカイルが、ハッと前を見た時には、シンディナのエンヴィスが、轟音と衝撃波だけを残して、視界を裂いてハッチの外へ消えた。
『いっつも考えなしに突撃するじゃんか〜。フレン〜、2人をよろしくね〜』
『ボク1人では何ともならないと思うけどな…フレンツェラ、D213、エンヴィスC型、行くね。』
立て続けに、フレンツェラのエンヴィスが、同様の手順を得て発艦する。
彼女らには当然なのかもしれないが、何とも鮮やかなものだ。
『さぁ〜!カイルちゃんも続けて行ってみよう〜!』
「ちゃんと動いてくれよ…」
改めてコックピット内の手元足元を確認すると、深く呼吸を整えてレバーを握りしめる。
心臓が悲鳴をあげそうなのを身体中で感じながら、右足のペダルをつま先側でそっと踏み込む。
足の中央、所謂土踏まず部分で固定され、それを軸につま先側と踵側にペダルがある。
俗に言うロータリー式のペダルシステムだ。
足元とモニターを確認し、更に強めにペダルを踏み込む。
すると少しの衝撃と共に、エンヴィスが左の足をゆっくりと、噛み締めるように踏み出す。
『上手上手〜、カイルちゃんセンスあるよ〜。目標物を視認したら、身体を捻るように動けばエンヴィスも同じ様に動いてくれるからね〜。』
「ありがとうございます。えっと…」
周りの状態を確認しようと、身体全体で周囲の確認と、ハッチを確認する。
ハッチの外は、先程より少し雲が増え、鈍色の空模様に感じる。
なるほど、確かに身体全体を使ってエンヴィスを操る。
これならフレンツェラが、感覚でと言っていたのも頷ける。
『左右の足を順番にカタパルトに乗せれば、自動調整してくれるから。やってみて〜。』
簡単に言ってくれる。
とは思うが、正直自分が我儘を言った結果だ。
カタパルトを一目見て、軽く目を瞑って息を吐き出す。
臆病になっても仕方が無いと、意を決して改めてカタパルトを確認し、身を捻って機体の向きを変えて、片足ずつカタパルトに装着する。
中心位置からは若干ズレていたが、自動調整でカタパルト自体が中央に固定する。
モニターに『EM CATAPULT READY』の表記が示され、カイルは安堵の息を漏らす。
続け様に表記された『FINAL CHECK』『READY FOR LAUNCH』の表記の意味がわからなかったが、ハッチ両脇の赤かった灯火に、緑が灯っている所を見ると、恐らく問題は無く行けたのだろう。
『上出来だよ〜!じゃあ次ね。発艦は音声入力だから、名前、識別番号、機体名、って感じで。カイルちゃんの場合、カイル、D214、エンヴィスN型いっくよ〜って感じ?』
「はい、やってみます。」
『おけおけ〜!危ないと思ったら無理せず逃げるんだよ〜。』
じゃあね〜、の一言を最後に通信が終わる。
彼女の性格だと、通信機越しでも手を振っているのではないだろうか。
ペゼリアの軽さに、これでも少しは助けられているのだろうと思うと、感謝の念を抱くしか無かった。
カイルは少し軽くなった気持ちで、再び橄欖のハッチから外を見る。
揺れ動く木々が視界に入り、感じるはずの無い空気の動きを理解した様な、不思議な物を感じ、カイルは再度深く一呼吸する。
「カイル、D214、エンヴィスN型、出ます!」
それが、これから始まる長い戦いの、第一歩だった。




