第5章 【秋】風船釣り大会、ふたりの心はひとつ
秋の夕暮れ。
リビエ村の空は茜色に染まり、セミの声がまだちょこっとだけ残っていた。
屋台の準備が進む広場からは、ふわっと甘い綿あめの香りが漂ってくる。
「パパっ！ わたしね、今日は浴衣着るのーっ！！」
モカナが浴衣を両手で抱えて、にこにこ顔で駆けてきた。
「……うむ……なら父ちゃんも、それにふさわしい備えをせなあかんな」
ピッカルドは腹巻き二重巻き＋夏用マフラーを整える。
夜風、油断すると腹にくるからなぁ……。
モカナはくすくすっと笑った。
「パパってほんと用意ばっちりなんだからっ！ でも今日はたのしくしよーねっ！」
「心得とる……けどな、備えがあってこその祭りやで……ふふっ」
＊ ＊ ＊
夕闇が降りる頃、親子はいっしょに広場へ向かった。
提灯の明かりが道沿いにぽわんと灯って、ほのかに揺れている。
川のせせらぎと虫の声が、秋の風にまじって心地よかった。
「わぁ〜っ、きれい〜〜っ！」
浴衣姿のモカナが目をきらっきらさせてあたりを見渡す。
「パパっ！ わたし、リサちゃんたちとちょっと屋台まわってきてもいい？」
ピッカルドは一瞬だけ眉を上げた。
「……一人で……大丈夫なんか？」
「だいじょーぶだよっ！ パパはここで見ててっ！ あとで合流しよっ！」
……成長の証やな……わかっとる。
でもなぁ、胸の中がちょびっと寂しいんやな、これが。
「……わかった。何かあったらすぐ呼べよ？」
「うんっ！」
モカナは手をぶんぶん振って、リサちゃんたちのところへぴゅーっと走っていった。
ちっちゃな背中が提灯の灯りに照らされて、ちょっと揺れている。
ピッカルドは人波の中でじっと見守った。
「……こうして……少しずつ、手ぇ離してくんやなぁ……」
胸に誇らしさと、ほんのちょっとの寂しさがまざる。
ふと。
屋台から「キーーンと冷えたラムネ〜っ！」の声が。
「……むっ、最大級の罠……っ」
視線をさっとそらす。
腹冷え回避……大事や。
「パパーーっ！！」
ほどなくして、モカナがわいわい戻ってきた。
友だちといっしょに、お菓子や金魚すくいの袋を抱えている。
「パパーっ！ ちゃんと見ててくれたーっ？」
「……もちろんや。おまえの笑顔、しっかり目ぇに焼きつけたで」
モカナはにっこっと笑った。
「わたしね、ちょっとドキドキしたけど……パパが見ててくれたから平気だったよっ！」
ピッカルドは胸がじーんと温まった。
「……ほんま頼もしくなったなぁ……父ちゃん、うれしいで」
「えへへっ！ でもねっ、これからはパパといっしょにまわろうねっ！ 次は風船釣りいこーっ！」
ピッカルドはやわらかく笑った。
「……うむ。おまえと父ちゃんの冒険、まだまだこれからや」
広場の真ん中で、親子は手をつないで歩き出した。
星がキラキラ瞬いて、夜風がふわっと腹巻きをなでていく。
「パパ、今日はありがとうっ！ わたし、もっともっといろんなことに挑戦するねっ！」
「……その時は父ちゃんがしっかり見守ったる。困ったら、迷わず頼れや」
「うんっ！」
そっとつないだ手のぬくもりは、秋風の中でも変わらなかった。
