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第25話 真夜中の潜入

 ――深夜の王都。

 人気の少ない裏通りに、長い影がゆらゆらと揺れていた。

 それは街灯の明かりに照らされつつゆっくりと歩く黒衣の少女のものだった。


 その少女――サリュサは、慎重に周りの気配を探りながら、それでいてもし見られても不自然にならないように平静を保っていた。

 いつもならメイド服のような恰好だけれど、今日は地味で動きやすい、黒っぽい服装だ。


 傍目から違和感があるのは、夏が近いにも関わらず、暑苦しいフードを頭に被っていることくらいだろうか。


 しかしその瞳は真剣そのもので、軽やかな足取りは音ひとつ立てない。

 フードに隠された大きな耳が、わずかな足音すら聞き漏らさぬように神経を集中させていた。


(……話のとおりなら……このあたり、だと思うんだけど……)


 サリュサは路地の奥へと足を進めながら、セファーヌから昼間に聞いた話を思い出していた。


 ◆


「……あたしにですか?」


 お茶を口にしながら、ぽつりとセファーヌが言った言葉に、サリュサは意外そうに首を傾げた。


「ええ。よく知らないんだけど、サリュサさんって獣人……なんだよね?」


「ええ、そうですよ。といっても、見ての通り普通の人間とさほど変わりませんけど」


「それはなんとなく。……でね、噂を聞いたのは、裏通りにあるっていう会員制の高級酒場のこと。それ自体は別に珍しいことじゃないんだけど」


 この大きな街の中には、もちろん様々な客向けの店が存在している。

 貧困者でも入れる店から、貴族や王宮の重臣たち御用達のような店まで。

 会員制ともなれば、お金があるだけではなく、それなりの人脈や立場が要求されるのも常だ。

 それは得体の知れない客がいないという、「安心」を買っている、という側面がある。


 しかし――


「なるほど。話の流れからすると、その酒場で獣人が働いている、とかそういう噂ですか?」


「うん。それだけならいいんだけど。……その酒場って、アレな店って話なの」


「アレ……とは?」


 目を伏せ気味に言ったセファーヌの言葉の、意味がいまいちわからなかったサリュサは聞き返す。

 セファーヌはどう答えようかと少し考えたあと、口を開く。


「あ、あのね。実際に見たわけじゃないからわからないんだけど。……例えば裸の上にエプロンだけ着て給仕してる……とか」

 

「――ぶふっ!?」


 吹き出しかけたサリュサは、咳き込みながらもそれを誤魔化した。

 セファーヌは続ける。


「気に入った子がいたら、買い取ることもできる……とか。もちろん、そんなのは獣人とか関係なくナヴィルじゃ違法。王宮も存在は把握してるけど……どうやら重臣にも関係している人がいるらしくて」


「なるほど。それでなかなか手が出せないと?」


「そういうこと。……でも、私は気になったの。もしそれが本当なら……」


 セファーヌの言葉を聞き流すように頷きながら――

 サリュサの内心では、別の声が静かに囁いていた。


(……あたし以外に獣人が、生き残ってる……? まさかね……)


 その可能性は、ほとんどゼロだと思っていた。

 あの魔女戦争から100年経った今でも、自分のほかに獣人については噂すら耳にしたことはないのだから。


 けれど、もしほんのわずかでも可能性があるのならば、放っておくわけにはいかなかった。


 ◆


(ふぅ……。リア様はやたらご機嫌だったし、早く寝てくれてよかった……)


 夕食の時のことを思い出して、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 主人であるクィムサリアが、一緒に出掛けていたティガスと共に戻ってきたと思ったら、なぜかずっとご機嫌で。

 何があったのか聞いたりはしないけれど、まぁきっとだいたい想像している通りなのだろう。


 主の幸せは自分の幸せでもある。

 だからそれは良いことだし、疲れていたようで、すぐにぐっすりと寝てしまったことも、今の自分にとってはありがたいことだ。


(……あたしが一人でこんなことしてるって)


 ――バレたら間違いなくクィムサリアは不機嫌になるだろう。

 もちろん、それが自分を心配してのことだということも理解している。


 けれど、今回は内緒にさせてもらう。


(……リア様は本当に心配性ですからね。もっと自分のこと考えたほうが良いのに)


 でも、そんな主だから、自分もこうしてずっと共にいることにしたのだ。

 そう思えば、悪いことではないのだけれど……。


 そんなことを心の中で考えながら、ふとサリュサは足を止めた。


 大きな耳が捉えた、小さな気配。

 扉の奥深くからかすかに聞こえる話し声、そして……下卑た笑い声。


(……そこか)


 さりげなく周りの気配を確認する。

 万が一にも、誰かに見られてはならない。


 そして――

 地面を軽く蹴っただけで、小柄な身体は音もなく宙に舞う。


(さて、どうやってお邪魔しましょうかね……?)


 ひらりとベランダに降り立ったサリュサは身を屈め、窓の隙間からそっと中に視線を向けた。


 ◆◆◆


 ――その頃。

 兵士としての訓練のあと、クィムサリアと出かけた疲れがあったにもかかわらず、ティガスはなかなか寝付けなかった。

 それは、彼女から聞いた多くの話が頭をよぎり、なかなか整理しきれなかったからだ。


(リアにあんな過去があったなんて……)


 クィムサリアがかつての王女だということ。

 子供のころに双子の妹と死別していること。

 そして、その原因となったのが、今まさに隣国バナサミクにいるとされる刻渡りの魔女――ヴァレリアだということ。


 初めて出会った頃からこれまで、自分の持っていた『魔女』というものの想像よりも、ずっと人間味がある普通の少女だという印象だった。

 ただそんな彼女には、想像以上にずっと重い過去があるということも、今日知った。


(俺に話してくれた理由はなんだろう……?)


 今日話してくれたことが世間に広まると、きっと彼女は困るはずだ。

 いや、彼女だけではなく、現王女であるシェルヴァ殿下だって。

 ということは、自分が漏らさないということを信用して話してくれたのだろう。


『ティガスさんは特別中の特別、だから……』


 今日、クィムサリアはそう言っていた。

 その時の彼女の顔を思い浮かべて、胸がどくんと跳ねる。


 『特別』というのが、彼女にすら予想外だったという魔法のせいなのかもしれない。

 自分の協力がなければ、この先の戦いに支障が出る、という理由もあるのかもしれない。


(でも、俺にとっても……)


 それでも、しばらく間近で彼女と行動を共にしてきて。

 今日、彼女の過去を聞いて。

 自分にとっても彼女が『特別』だということを、はっきりと自覚していた。


(いま、俺ができることは……)


 もっと強くなるために毎日努力はしている。

 けれど、それは一朝一夕で身に付くものでもない。

 となれば――


(結局、リアの希望通り……傍で盾になることくらいしか、できないかもな……)


 そう自嘲しつつ、苦笑いを浮かべる。


 ――そのとき、玄関の扉がノックされる音が耳に届いて、ティガスは閉じかけた目を見開く。


(なんだ……?)


 こんな深夜に来客など、普通ではありえない。

 そう思いながらティガスは急いで身体を起こした。

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