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第24話 普通の幸せ

 その夕方――


「ただいま……って、あれ?」


 文官としての仕事を終え、家に帰ってきたセファーヌは、ふと玄関に兄の靴がないことに気づき、首を傾げた。

 今日は午後から兄は休みのはずだ。

 だから当然家にいるものだと思っていたけれど、出かけているのだろうか。


「リアさんのところかな……?」


 そう思って荷物を置くと、兄と妙に距離の近い少女が住む隣の家を訪ねることにした。

 セファーヌは家を出てすぐ右手――10歩ほどにある家のドアノッカーを叩く。

 するとすぐに中から声が聞こえた。


「はいはーい」


 軽い調子のその声は、あの獣人の少女――サリュサだとすぐにわかる。

 がちゃり、とドアが開き、メイド服に身を包んだ少女が顔を出した。


「セファーヌさん。お仕事お疲れさまでした」


 初めて彼女と会ったときは妙に大きな帽子で頭を覆っていたけれど、今は何も付けていない。

 代わりにその頭には、人とは異なる大きな耳が生えている。

 出会って数日経ったころ、彼女が獣人という人間と少し違う種族だということを打ち明けられ驚いたものの、もうそれも見慣れてしまった。


「サリュサさん、お兄ちゃんは?」


 この家に来ているものだと思ってサリュサに尋ねた。

 しかし、彼女は困ったような顔で首を振る。


「ええと、すみません。わからないです。リア様とどこかに出かけたのは知っているのですが……」


「そうなんだ……。リアさんとなら大丈夫だと思うけど……」


「だといいんですが。正面からリア様に危害を加えられる人はいないと思いますけど、あの方は案外……アレですから……」


 サリュサは主であるクィムサリアのことを誰よりも詳しく知っている。

 彼女の強いところも、ある意味では弱点と言えるところも。

 だからこそ、自分に行き先を告げずに出かけたことが不安に思えた。


「アレ……って?」


「ええと、例えばそのあたりの道を歩いていて、何もないところで躓いて頭をぶつけたりとかですね」


「あー……」


 サリュサの説明を聞いて、なんとなく想像できるものがあった。

 聞いていた通り魔導士としては優秀なのだろうが、この前も食事を一緒に摂っていたとき、机の下にフォークを落とした彼女が思いっきりテーブルに頭をぶつけて悶絶しているのを見たばかりだ。

 打ち解ければ意外にも親しみやすい性格と相まって、なんとなく新しい妹ができたような、そんな気持ちにもなる。


 それはこの従者の少女も同じで、裏表なくはっきりとした性格に好感を持っていた。


「まぁ、ティガスさんがいますから大丈夫でしょう。……少なくとも、リア様よりは安心かと」


「そ、そうなんだ……」


「ええ。折角ですから、夕食までお茶でも飲んでお寛ぎください」


 サリュサはそう言って、セファーヌを家の中に入るよう促した。


 ◆


「サリュサさんって、その……言い方はともかく、リアさんに優しいよね」


「そりゃ……。一応、あたしの主様ですし?」


 何をいまさら、というような表情でサリュサは首を傾げた。

 セファーヌは自分の言葉を補足する。


「えっと、そうじゃなくて、なんというか……。もっと親しい家族みたいな感じに見えるの」


「なるほど。それはきっと、セファーヌさんが想像しているよりずっと、あたしとリア様の付き合いは長いからですね。それに……」

 

 サリュサは紅茶から立ち昇る湯気をじっと見つめる。


「……あたしも昔、リア様に救われた身ですから。それ以来、あの人のために生きると決めたんです」


「そうなんだ……。リアさんって、やっぱりすごい人なのね……」


「はい。魔法に関しては、この世界であの方の右に出る人はいません。それ以外、てんでダメダメですけどね。ふふっ」


「それは……なんとなく分かる気がする」


 これまでの1週間ほどだが、兄と共にいる彼女を見ていて、その雰囲気はなんとなくわかってきていた。


「だからあたしがいるんです。メンタル弱すぎて、すぐ思い詰めてひとりで悩んでたりしますしね。……まぁ、今はティガスさんがいるからそんなこともないでしょうけど」


「お兄ちゃんが……?」


 セファーヌが聞き返すと、サリュサはふっと目を細めた。


「はい。……リア様にとって、ティガスさんは……心の支えなんです。きっと」


「……そっかぁ……」


 セファーヌは、自分の知らない兄の顔を想像するように、そっと瞳を伏せた。


 あの不器用で、なんでも一人で背負いがちな兄が、こうして誰かに頼られている。

 しかも、それがあのちょっと抜けた、でもどこか儚げな少女だと思うと、なんとなく不思議な感じがした。


「……リア様は『特別』なんですよ」


「え?」


 唐突なサリュサの言葉に、セファーヌが聞き返した。


「リア様は、生まれも、力も……普通の人とは違うんです。もしかすると他の人から見ると、羨ましく思うかもしれません。でも――」


 サリュサは、少し視線を伏せながら言葉を継いだ。


「――『普通じゃない』って、すごく孤独なんです。……あたしも普()()()()()()()()から、よくわかるんです」


「サリュサさん……」


 それはセファーヌが初めて見たサリュサの悲しそうな顔だった。

 しかし、彼女はすぐにその表情を消し去り、柔らかい笑顔を見せる。


「だから、リア様がこうして……あたし以外の誰かと楽しそうにしているのを見るのが嬉しいんです。……ほんの一時かもしれませんけど、きっとそれは……『普通の女の子』でいられる時間だから」


 セファーヌは少しだけ目を見開いたあと、やさしく微笑んだ。


「……うん。リアさん、そういう時間がもっと増えるといいね」


「はい。……だから、ティガスさんには本当に感謝しています。……あ、でもリア様には内緒ですよ。あたしがこんなこと言っていたなんて」


「ふふっ」


 ふたりの間に、自然な笑いが広がった。

 けれどその空気がほんの少し和らいだところで、セファーヌがふと何かを思い出したように声を落とす。


「そういえば、サリュサさん。仕事で気になる報告が上がっていたの。……もしかしたら、サリュサさんにも関わることかも」


「……あたしにですか?」


 サリュサは意外そうな顔で聞き返す。

 そんな彼女にセファーヌが告げた内容は、全く予想もしていなかったことだった。


 ◆


 ――その頃、ナヴァール山の山頂にて。

 いつの間にか、あたりはすっかり夕闇に包まれていた。


「……ん……」


 山頂のベンチに座ったまま、ついそのまま眠ってしまったクィムサリアはゆっくりと目を開けた。

 日が落ちて気温が下がっていたこともあって、唯一暖かかった『枕』へと無意識にすり寄る。


「うひひ……」


 手触りの良い枕の感触を頬で感じていると、だんだんと意識が覚醒してきた。


(……いつも……こんな枕だったっけ……?)


 それにやたらベッドが硬い。

 ぼーっとそんなことを考えていたクィムサリアは――ぴくっと身体を震わせた。


 枕だと思っていたものが誰かの『太もも』であり、しかもあろうことか……それに自分が頬ずりしていたことをはっきりと理解したからだ。

 その誰かとは――当然、隣にいたティガスである。


「え、えっ!? もうこんな時間!? ……ど、どどど、どうして起こしてくれなかったのっ!?」


 跳ね起きたクィムサリアは、慌てながら周囲を見回す。

 そんな彼女に、ティガスは困ったように笑みを浮かべながら言った。


「ご、ごめん。気持ちよさそうに寝てたから……つい。……ダメだった?」


 その問いに、クィムサリアはぴたりと動きを止める。

 耳まで真っ赤に火照っているだろうことを自覚しながら、か細い声で呟いた。


「……だ、ダメじゃない……。むしろ……」


 そこまで言って、言葉を飲み込む。

 続きはどうしても言えなかった。


(むしろ……ずっと、こうしてたかった……。なんて……)


 顔が熱くてたまらない。

 暗がりの中で、ティガスからはあまり見えないだろうことだけが救いだった。


 そんな彼女の横顔を、ティガスは静かに見つめていた。

 なにも言わないまま、そっと微笑んで。


 そして――


「そ、そろそろ帰りましょうか。ちょっと長居しちゃったみたいだから……帰りは転移するからね……?」


 そう言うなり、ふたりはあっという間に光に包まれた。

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