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第19話 試される対人スキル

「お兄ちゃん、ただいま~」


 王宮での文官の仕事を終え、セファーヌは軽やかに自宅の門をくぐった。

 なにしろ、2週間以上遠征に出ていた兄がようやく帰ってきたのだ。


 手には兄の好きな料理を作るための食材がたっぷり詰まった袋を提げている。

 疲れている兄のために美味しい夕食を作ってあげたくて、早足で店に寄って買ってきたものだ。


 早く兄の顔が見たくて、軽やかに玄関の扉を開ける。

 その途端――

 最初に目に飛び込んできたのは、見慣れた兄のボロボロのブーツ。

 しかし、その隣に並ぶのは、見慣れない靴が二足。


(……え? だれ?)


 片方は華美ではないものの、丁寧にあしらわれた上品な黒いシューズ。

 もう片方は、よく手入れされたしっかりした分厚い革のブーツ。

 いずれも大きさからすれば、女性か子供のものだ。


(……お客さん? にしても……)


 妙に胸がざわつく。

 遠征から帰ったばかりで、いきなり客を呼ぶだろうか。

 しかもあの口下手な兄が……。


「セファーヌ、おかえり」


 そのとき、家の奥からティガスの声が聞こえた。

 すぐに姿を現した兄は、遠征の疲れを感じさせない穏やかな笑みを浮かべている。

 日焼けの跡がくっきりと残るその顔は、どこか以前より頼もしく見えた。


 と――

 兄の後ろ……奥の柱の陰から、ちらっと頭の半分だけ出して、こちらを見ている人影に気付く。


(……子供? ……女の子?)


 ひと目見ただけではわからなかったが、輪郭は小柄で、明るいシルバーっぽい色の髪はふんわりと揺れていた。

 何より――その視線が、妙に『こちらを観察しているように』見えた。


 一瞬、その少女と目が合ったように感じた瞬間、人影は柱の陰に隠れて見えなくなってしまった。

 セファーヌの視線の動きに気づいたのか、ティガスが声をかける。


「セファーヌ、どうした?」


「ええと……お兄ちゃん? ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいよね……?」


 セファーヌはにっこりと笑顔を張り付けてティガスの顔を見上げる。

 けれど、その瞳は――まるで冷たい刃のように兄を見据えていた。


 ◆


 その頃、柱の陰では――

 クィムサリアは柱の陰に身を潜め、そーっと家の玄関を覗いていた。


(ちょ、ちょっと! すごく睨まれてるぅ! ど、ど、ど、どうしよう……!?)


 こちらに視線を向ける若い女性――ティガスの妹であるセファーヌと一瞬目が合い、思わず仰け反って姿勢を正す。


(だ、第一印象が大事だって、サリュサも言ってたのに……!)


 極度の緊張で胸がどきどきする。

 いつもの鼓動が「どく……どく……」だとしたら、今は「どどどどどど……」といった具合だ。

 正直、ティガスと『契約』を結んだときを上回るほど。

 今から「はじめまして」の挨拶をするだけなのに……!


(サリュサぁ、助けて……)


 クィムサリアは懇願するような目でサリュサを見てみるが、彼女は小さくため息をついて首を左右に振るだけだった。


(あうぅ! ――そ、そうだ。最悪、記憶を消しちゃえば……!)


 サリュサの助けが得られないと悟ったクィムサリアは、最後の手段を覚悟して少しでも息を整える。

 もちろんそんなことはしたくないけれど、『目的』のためには『手段』など選べる状況ではない。

 こんなところで躓くわけにはいかないのだから。

 そう考えると少しだけ落ち着くことができた。


(よ、よしっ! できるだけ自然に……自然に……!)


 クィムサリアは、ぎこちない笑顔を必死に顔に貼り付けながら――『その時』に備える。

 ――そして、『その時』は予想以上にすぐだった。


「えっと……その前にセファーヌに紹介しとかないといけないんだ。――リア、サリュサ。ちょっと」


 玄関のほうからティガスの声が飛んできて、彼女の心臓が飛び跳ねた。


(き、きたぁあああぁぁっっ……!!)


 クィムサリアの顔がさらに引き攣る。

 しかし、ティガスの呼びかけに、精いっぱい明るい声で応じた。


「――は、はひっ。ティガスさん!」


 飛び上がるような勢いで返事をしてから、クィムサリアは柱の陰からぴょこっと顔を出す。

 その姿は、事前に鏡の前で何度も練習した「自然な第一印象」を精一杯再現しているつもりだったものの……

 意気込みが空回りしすぎて、逆に顔は引きつり、目が泳いでいた。


「こちらは魔導士のリア。そしてその従者のサリュサ」


 紹介を受けたリアは、一歩前に出る。


「は、はじめましてっ! わ、わ、わたし、リアと申しますっ。えっと、その……どうぞ、よ、よろしくお願いしますっ!」


 勢いよく頭を下げた拍子に、軽くバランスを崩してよろめいた。

 サリュサが後ろからそっと背中を引っ張ってくれなければ、そのまま倒れ込んでしまっていたかもしれない。


(ふえぇ……! た、たすかったぁ……!)


 顔から火が出そうになりながらも、クィムサリアは顔に冷や汗を滲ませながら、『にひっ』と笑顔を浮かべる。

 一方で、セファーヌは彼女のその珍妙な様子を見て、半ば呆れ、半ば警戒の色を浮かべていた。


「……はじめまして。セファーヌです。兄が……お世話になっているようで」


 口調は丁寧だが、目からは警戒心がはっきりと見て取れた。

 その空気を察したのか、ティガスが懐から取り出した封筒をセファーヌの前に見せる。


「実は……王女殿下から、セファーヌに渡しておくようにって書状を預かったんだ」


「……書状?」


 受け取った封筒は質の高い紙が使われており、赤い封蝋で見慣れた王家の紋章がしっかりと刻まれていた。どう見ても偽物ではない。

 どうやって開けようかと手元を見やると、それまで微動だにしなかった従者――サリュサと紹介された少女が、どこからかペーパーナイフを取り出して差し出してきた。

 主とは正反対のその冷静な振る舞いに少し戸惑いながらも、セファーヌは無言でナイフを受け取り、封を切る。

 その中に記されていたのは――


 リアという優秀な魔導士を兄ティガスの補佐として任命すること。

 若いが能力は王都軍でも並ぶものはいないほどだということ。

 シェルヴァ王女の遠縁にあたり、素性は確かなこと。

 今後の戦局に関わる重要な任務であること。

 ……などが丁寧な筆跡で書かれていた。


 そして、文末に添えられた一文にセファーヌは目を見張る。

『今後の任務を円滑に進めるため、ふたりには常に行動を共にしていただき、互いの理解と信頼を深め合うことを期待しています。ご協力ください。』


(……「常に」……? 「理解と信頼」って……? これ、どういう意味……?)


 徐々に文章への理解が追いつくにつれ、セファーヌの頭の中は逆に混乱を深めていく。


(王女殿下のお墨付きってことは、きっとすごい人……なんだろうけど……)


 セファーヌがちらっと視線を上げると、その『すごい人』は目を泳がせながら硬直していた。


(……いやいやいや。やっぱりどう見てもおかしいでしょ、この子……!)


 そして、何より――


(四六時中一緒にいて、仲良くなってくださいってこと……? そんなの、ありえないでしょ!?)


 わけがわからないまま、セファーヌは引きつった笑顔を浮かべ、兄へと視線を向けた。


「ねぇ、お兄ちゃん……? その『理解と信頼』って、どういう意味か……きちんと説明、してもらえるんだよね?」


「と、とりあえず……座らないか?」


 その場の空気に耐えきれなくなったティガスは、セファーヌの肩をぽんと叩き、引きつった笑顔で彼女をソファへ座るよう促した。

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