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第16話 5年越しの真相

 ――突然、その沈黙を遠慮なく破る声が部屋に響く。


「なーにカッコつけてるんですか。嬉しくてたまらないくせに……」


 横から唐突に挿し込まれたその一言に、ティガスの目が驚きに見開かれ、クィムサリアはびくっと肩を震わせた。

 手に持っていたカップが揺れ、お茶が零れそうになるのを、慌てて両手で持ち直す。


「――ひゃわっ!? サリュサっ!? い、いつからいたのよっ!?」


 思わず椅子の上で身を起こして顔を上げるクィムサリア。

 その視線の先には、扉の近くでトレーを抱えたままのサリュサが、涼しい顔をして立っていた。


「ずっとですけど? そもそも、お茶を淹れたのはあたしですよ?」


「そ、それはそうだけど……」


 先ほどまでの落ち着いた雰囲気はどこへやら。

 狼狽するクィムサリアに、ティガスは少し驚きつつも思わず笑ってしまいそうになる。

 だが、サリュサの追撃は止まらない。


「ふふっ。ティガスさん、知ってます? リア様のそのドレス、何着も着替えて『どれが一番気に入ってくれるかな〜?』なんて……鏡の前でぐるぐる回ってたんですよ?」


「わーっ! わーっ! や、やめなさいっ! それはナイショって言ったじゃないのよぉぉ!!」


 クィムサリアは顔を真っ赤にしてジタバタと手を動かす。

 その様子をニヤリと見つめるサリュサは、口元を押さえながら囁いた。


「うふふ。……じゃあ、黙ってます。続きをどうぞ? あたしのことは気にせず、ね?」


「むうぅ……」


 クィムサリアは頬をふくらませ、そっぽを向きながらも、ちらちらとティガスの方を気にしている。


(……可愛い……)


 それは少女のような外見と相まって、本当に魔女なのかと疑ってしまうほどの可愛らしさだった。


 ◆


 しばらく、静かな時間が流れた。


 ようやく落ち着いたのか、クィムサリアはひとつ咳払いをして姿勢を正す。

 それでも頬はまだほんのり赤いままだった。


「……コホン。ご、ごめんなさい。えっと……話を、戻すわね……」


「は、はい……」


 口ごもりながら話す彼女を見ていると、なぜか自分まで胸がドキドキしてくるのを感じた。


「ね、念のために聞くけど……。記憶は完全に戻っている……んだよね?」


 ティガスは、記憶の断片を確かめるようにゆっくり頷いた。


「はい。はっきりと思い出しました。昔……ここに来て……クィムサリア様に妹を助けてもらったこと……。本当に……ありがとうございました」


 言葉にして、改めて頭を下げる。

 それは5年越しの感謝の言葉だった。


「いえいえ、どういたしまして」


 クィムサリアはティガスに合わせてペコリと頭を下げ、柔らかく微笑む。


「……それに、この前も。でもどうして俺にこんなに良くして……」


 ティガスの問いに、クィムサリアは少し困ったような顔をしながら少し考えて答えた。


「それは……その……。わたしが個人的に……あなたに興味があったから……ではダメかしら?」


「俺に……?」


「ええ。……少しだけ昔話をするわ。……実は、わたしにも妹がいたの。その子は才能もあって、誰からも好かれていて……自慢の妹だったの。わたしみたいな出来損ないと違って……」


 クィムサリアは昔を懐かしむように遠い目をしながら続けた。


「だから、最初にあなたがここに来たとき、なんだか他人事に思えなくて。……迷惑だったかもしれないけれど」


「そうだったんですね……。いえ、迷惑だなんて、とんでも。クィムサリア様がいなければ、俺も妹も……」


 ――こうして生きてはいなかったのだろう。

 そう思えた。

 しかし、クィムサリアはゆっくりと首を振る。


「ううん。そうじゃないの。……あなたの妹さんの呪いについて、覚えている?」


「えっと、『魔女』の呪いかも……という……?」


「ええ、その呪い。わたしの予想が当たっていれば、たぶん……ヴァレリアのかけたものだと思う。もしそうなら……わたしも無関係じゃない。これまであの人を止められなかったのは、わたしの責任でもあるから」


「ヴァレリア……というと、あの最古の……」


 王都の図書館で読んだ文献で、その名前は何度も目にしていた。

 3人いる『刻渡りの魔女』のうち、最も長命であるとされている魔女。

 過去、何度も大きな戦争や動乱の影にその名前が出ては消え、今まさにナヴィル国と隣国バナサミクとの戦争においても、存在が噂されていた。

 もし、彼女の言うとおり、セファーヌの呪いがヴァレリアのものだとすれば……。


「ええ。だからわたしがもっとしっかりしていれば、そもそも妹さんの呪いなんてものはなくて、あなたがここに来る必要もなかったかもしれない」


 ティガスは哀しそうにも話すクィムサリアの言葉を聞きながら、彼女の顔を見つめる。

 その口ぶりから、彼女が自分自身を責めているようにすら感じて、ゆっくりと首を振った。


「いえ……。俺は……クィムサリア様のせいだなんて、思いません。俺も……セファーヌも……あなたに救われた。それでいいじゃないですか」


「ティガスさん……。ありがとう……ございます……」


 実際、ティガスにとってはそれが全てだった。

 命よりも大切に思っていたセファーヌを助けてくれたのは紛れもなくこの魔女なのだから。

 その恩をどう返せばいいかも、わからないほど……。


「あと……」


 クィムサリアは震える声で続ける。

 これまで隠していたことで、しかしいつか正直に話さなければならないと思っていたことを、伝えるために――


「それと……あともうひとつ、あなたに話しておかないといけないことがあるの」


「はい。なんでも仰ってください」


「実は……あなたの記憶を消す魔法をかけたとき、別の魔法も同時にかけていたの。それはちょっと特殊で……簡単に言うと、わたしの魂の一部をあなたに預ける魔法なの」


 ティガスとしては初耳だった内容に、驚きが隠せなかった。

 ただ、『簡単に』と彼女は言うが、いまいち理解できずに聞き返す。


「そ、そうだったんですか……。でも、正直どういうものなのか、よくわからないんですけど……」


「言ってしまえば、わたしの力を貸してあげてるようなものね。例えば、わたしのこの目――ちょっと特殊で……実は魔力の流れとかそういうものが見えるんだけど、その力が使えたりとか……。心当たり、あるよね……?」


「は、はい。あれは……クィムサリア様の……」


 確かに、敵の攻撃がなんとなく予想できることはこれまで不思議に思っていた。

 それが彼女の手助けによるものだったと知り、ようやく納得できた。


「ええ。……でも、実はそれだけじゃなくて、逆にわたしはあなたの感覚を知ることができる。やろうと思えば、あなたが何を見ているかまで……。ケガをした痛みも分かるから、こっそり治してあげたりもしたわ」


「え……?」


 怪我の治りが異様に早いと思っていたことに、そんなカラクリがあったことに驚く。

 となると、バルグ砦での戦いに彼女が突然現れたのは、単なる偶然ではなかったということか。


「勝手にごめんなさい。良くないことだとはわかっていたんだけど……」


 クィムサリアは心からそう思っているのだろう。

 目を伏せ、後悔を滲ませながら謝罪の言葉を紡ぐ。


 そんな彼女を見ていると、逆に申し訳ない気持ちが湧いてくるのを感じた。

 黙っていたとはいえ、これまでずっと自分を気にかけてくれ、手助けしてくれていたということに。


「いえ……。おかげで助けられたこともたくさんありますから。ありがとうございました」


 だから、ティガスは素直にそう思えた。

 その言葉を聞いたクィムサリアは、不安そうな表情から一転して、ぱっと顔を弾けさせた。


「あ、ありがとうございます。……そう言ってもらえて、本当に嬉しい……!」


 その裏表のない笑顔は、ティガスの胸を打つものがあった。


(魔女……ってもっと冷徹そうに思ってたけど……俺たちと変わらない人間なんだな……)


 照れたり笑ったり、不安そうな顔をしたり……。

 もともと想像していた『魔女』という既成概念からかけ離れた彼女を見ていると、むしろもっと笑顔を見せてほしいと思えてくる。

 いや、自分が彼女を笑顔にしてあげられたら、とさえ……。


 クィムサリアは、肩の荷が降りたのか、「ふぅ」と小さく息を吐く。


「……ほかに気になることはある? わたしに答えられるものなら……」


「いえ……特には。――あっ! ひとつだけ……」


 ティガスは彼女の問いに首を振りかけたものの、ふいに思い出して尋ねる。


「この前助けてもらったとき、相手のことを知っているような感じに見えたんですけど、あの人はいったい……?」


 ティガスは、敵将であるガレリードとクィムサリアが旧知の間柄であるように感じたことについて、尋ねてみることにした。

 クィムサリアは、少し困ったような顔をしながら答える。


「えと……。うん、確かに彼のことは知っているわ。でも、その話はちょっと後にしない? あなたが今回ここに来た目的と関係していると思うから……」


 そう言ってクィムサリアは椅子に深く座り直し、ティガスをじっと見つめた。

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