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第13話 記録と記憶

「――それから、もうひとつ……報告書に書かれていないことがあります」


 療養室に差し込む昼の光の中、ティガスは言葉を探すように、ゆっくりと話を続けた。

 ――話すべきかどうか、少しの迷いと共に。


「実は……私が敵将に斬られたあと――見知らぬふたり組に助けられたのです」


「……見知らぬふたり組? 戦場の中心で?」


 ティガスの話を聞いて、シェルヴァは怪訝な顔で聞き返した。

 『助けられた』というなら敵側ではないだろうし、かといって味方ならば『見知らぬ』はずもない。


「はい。あまりはっきりとは覚えていませんが、ふたりとも私よりも若く……少女のように見えました。ひとりは黒いフードを被った、魔導士でした。もうひとりは剣を持っていたような……」


「……その者が、あなたを?」


 シェルヴァが問いかける。

 ティガスは斬られた腹の辺りを手で触れながら答えた。


「はい。魔法で……回復させてくれました。それがなければ……間違いなく致命傷だったと思います。命の……恩人です」


「お兄ちゃん……」


 不安そうな顔でセファーヌが呟く。

 話を聞いていると、生還したことがまさに奇跡だったように感じて、胸が締め付けられる思いだった。


「……そのあとはどうなったのかしら?」


 シェルヴァは、はやる気持ちを抑えつつ尋ねた。


「意識がぼうっとして、あまり記憶に残っていないのですが、確か……あの敵将はその魔導士と話をしていました。まるで、知り合いのような口ぶりにも……」


 シェルヴァのまなざしが鋭くなる。


「知り合い……。あのガレリードと……?」


 ティガスの言葉を繰り返しながら、しばし黙考し、確認するように口を開いた。


「その魔導士の外見は覚えていますか? ……髪の色や、目の色など」


「えっと……はい。フードで隠されてはいましたが、髪は……緑がかった銀色……に見えました。……あと、目は青い色でした。すごく澄んだ……。えっと、シェルヴァ王女殿下の瞳と……よく似ていたように思います」


 そのとき、一瞬だけシェルヴァが眉を動かしたことに、ティガスは気づかなかった。

 ティガスの言葉を頭の中に記憶しながら、かつて読んだ文献のことを考えていた。


 もし彼が話した魔導士というのが、自分の想像通りだとすれば……。

 ――だが、確証はない。


 シェルヴァは言葉を飲み込みながら、小さく頷いた。


「ありがとう、ティガスさん。……とても重要な情報です。もしかすると、戦況を動かしかねないほど……」


「それは光栄です。私が知っているのはこのくらいでしょうか」


「わかりました。――今は、ゆっくりお休みください」


 微笑みを返しつつも、シェルヴァの瞳には、何かを深く見据える色が宿っていた。

 そして、書記官を伴って部屋を出ていく背中を、ティガスは目で追う。


 扉が閉まったあと――

 ティガスはそれまでほとんど話さなかったセファーヌへを視線を向ける。

 彼女は口を結び、まるで何かを堪えているかのように、じっとティガスを見ていた。


「お兄ちゃん……。本当に……帰ってきてくれてよかった……」


 よく見ると、うっすらと涙を目に溜めていることがわかる。


(セファーヌ……)


 妹にそんな思いをさせたことを申し訳なく思いながらも、少しでも元気になってもらいたくて、軽い口調で返した。


「はは。あの時はもうダメかって思ったけど、ホント良かったよ。……前にロルフが『なんか憑いてる』とか言ってたけど、憑いてたのは『幸運』だったのかもな」


 実際、自分でもあの状況から生きて帰れたことは、これ以上ない幸運だと思っていた。

 セファーヌは指で涙を拭きながら、何度も頷く。


「うん。……それじゃ、私は仕事に戻るね。こっそり部屋から抜け出したりしたらダメだからね?」


「ああ。がんばってな」


 ティガスは片手を上げ、部屋を出ていく妹を見送った。

 ――心配をかけたことを、その背中に詫びながら。


 ◆


 その夜――

 シェルヴァは私室にて、真剣な眼差しで文献を読み漁っていた。

 机の上には書棚から取り出してきた古い本が積まれている。


(……第二王女サリヴァと第一王女リエルヴァの双子の姉妹……。生き残ったはずの姉サリヴァについての記録は……ほとんど残っていない……)


 どの文献を読んでみても、妹であるリエルヴァについては克明に記されている。

 ――曰く、幼いころから魔女に匹敵する魔力を持っていた。

 ――曰く、学力にも優れ、民から慕われていた。

 絶賛される記載ばかりだ。


 一方、姉サリヴァについては、容姿について妹とよく似ていた、という記録はあったもののそのくらいだ。

 意図的に消されているのではないかと思うほど、不自然に思えた。


(双子とはいえ……慣例通りなら、姉が第一王女のはず……)


 そしてシェルヴァは別の薄い記録――魔女クィムサリアについて書かれたもの――を手に取る。

 180年ほど前に突然現れた、最も若い『刻渡り』の魔女。

 出自は不明。

 ただ、以前は王都近郊にひとりで住んでいて、時おり住民との交流はあったようだ。

 他の2人の『刻渡りの魔女』と違い、柔和な性格だという。

 しかし、100年前――あの渇きの砂漠が生まれた『魔女戦争』が終結して以降、歴史から消える。

 ただ、記録としては残っていないが、砂漠に居を移したという噂だけ、風の便りのように耳に入っていた。


(わたくしの予想が正しいなら……魔女クィムサリアは……恐らく……)


 その歴史上の人物を結びつける『証拠』はない。

 しかし、あの魔女は200年前の王女姉妹のどちらかではないかと考えていた。

 妹を亡くしたあとの姉サリヴァ。

 もしくは、死んだとされる妹リエルヴァ。

 いずれかが落ち延びて、後に魔女になったと考えるのが自然だ。


 資料を閉じ、机の上にそっと置いたシェルヴァは、小さく息を吐いて窓の外を眺める。


「……確かめなければならない。この国の未来のためにも……そして、本当の歴史を知るためにも――」


 雲ひとつない夜空に浮かぶ月が、静かに机の上の資料を照らしていた。


 ◆◆◆


 それから数日が経った――


 ティガスの体調は、あと少しで兵士として復帰できそうだ、というところまで回復していた。

 そこで、ちょうど調べたいことがあり、王都内の中央図書館を訪れていた。気晴らしも兼ねて。


 受付で暇そうにしていた女性司書に声をかける。


「えっと、すみません。『魔女』に関する書物を見たいのですが……」


「あら、珍しいわね。そういうのに興味を示す子って。何年振りかしら……。まあいいわ、こっちよ」


 女性に図書館の奥へと案内してもらい、彼女が指し示したのは古びた本が並ぶ一角だった。


「このあたりよ。古い本ばかりだから、扱いには気を付けてね」


「はい、ありがとうございます」


 礼を言うと、女性はまた受付に戻っていく。

 それを見送ってから、ティガスは書棚を眺めた。ふと、そのなかの一冊に目が留まった。


(……『魔女戦争とナヴィル王国』?)


 そっと埃を払い、黄ばんだページを慎重にめくる。

 そこには、『最古の刻渡りの魔女』ヴァレリアという名と共に、歴史上に起こった惨劇が淡々と綴られていた。


(魔女……本当に、そんな存在が……。700年以上も前の……)


 資料を読む限り、その魔女が歴史に登場したのは700年も前のことらしい。

 それから幾度となく戦争や動乱にその名前が登場しては消えていく……という歴史を繰り返していた。


 そして、最も新しい出来事は100年前の『魔女戦争』だった。

 3人存在するという刻渡りの魔女。

 そのうちの2人――ヴァレリアとレナータニクという2人の魔女――が争ったと書かれていた。

 その戦いは凄まじく……広大な森を砂漠に変えてしまうほどだったそうだ。


(人間……じゃないな……)


 自分の知っている『戦争』とは、まさに次元が違う。

 しかも、シェルヴァ王女との話のとおりなら、敵であるバナサミク国にはそのヴァレリアが付いている可能性もあるのだ。

 普通に考えて、勝ち目があるとは思えなかった。


 一通りページをめくって目を通したあと――

 ふと、最後のページにあった貸出カードに目をやった瞬間、ティガスは眉をひそめた。


「……え?」


 そこには――

 『ティガス・ニルヴィエ』の名が、5年前の日付と共に記されていた。


(……おかしい。俺がこんな本、借りた記憶は……)


 動揺しながらもその本を書棚に戻し、その隣の本を手に取り、裏表紙をめくる。

 するとそこにも――自身の名が、はっきりと記載されていた――


(なんで……?)


 5年経っているとはいえ、借りて読んだのであればもう少し記憶に残っていても良さそうに思える。

 しかし、本の内容は全く記憶にはなかった。

 借りるだけ借りて読まなかったのだろうか。

 いや、借りた記憶すらないのだから、それもおかしい。


 ティガスは混乱しつつも、図書館を後にして王宮へと戻ることにした。


 すると――

 部屋の扉に、王女付きの侍女の印が押された封書が届いていた。


「王女殿下から……?」


 部屋に入り、ティガスは封書から便箋を取り出し、目を通す。


『ティガス・ニルヴィエ殿

 あなたに大切なご相談がございます。

 王家として、魔女クィムサリア殿へと書状を届けるべく、使節団を派遣することとなりました。

 つきましては、貴殿の同行をお願い申し上げたく、ご一考いただければ幸いです。

 なお、この件については親族であっても他言無用にお願いいたします。

 ナヴィル王国王女 シェルヴァ・フィンレクト」


 一瞬、ティガスは手紙を持ったまま動けなかった。


(……魔女へ? 書状を……?)


 この封書を読むだけでは、シェルヴァの意図までは分からない。

 しかし、『魔女』というフレーズがどうしても頭に残り、消えることはなかった。

 ――まるで魂に刻まれているかのように。

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