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第12話 記録にない真実

「そろそろ王宮に入るぞ。辛いと思うが、背筋伸ばしておけよ?」


 ゆっくりとした馬車に揺られながら、ティガスは御者台の男から声を掛けられた。

 この馬車には自分を含めて5名の兵士が乗っており、いずれも先の戦いで傷を負った者たちだ。


 ――敵の魔法攻撃で片腕を失った者。

 ――破片で頭に裂傷を負った者。

 傷の程度は様々だが、すぐに戦うことができそうな軽傷の者は、含まれていない。


「ははっ、ティガス。お前は手柄を立てたんだ。恩賞、楽しみにしておけよ? 羨ましいぜ」


 ティガスの横に座っていた同僚の男がにやりと笑う。

 「そうだな……」と、うわの空で相槌を合わせつつ、ティガスは窓の外を眺めた。

 昨日までの戦の喧騒が嘘のような、静かで整った王都の空気。

 久しぶりに戻ってきた王宮は、戦場とは別世界に感じられた。


(恩賞……か)


 自分はただがむしゃらに戦っただけだ。

 恩賞など考えたこともない。

 ただ――妹のいるこの国を護りたかった。

 それだけだった。


 ◆


 一方、その頃――


 リエルヴァの径に面した石造りの広場では、王宮の衛兵や文官たちが整列し、迎えの準備を整えていた。

 その中央には、礼装に着替えた王女シェルヴァの姿もあった。

 端正な顔立ちをやわらかな微笑みで整えながらも、その凛とした蒼い瞳はまっすぐに前を見つめていた。


 セファーヌはシェルヴァから少し離れたところに控えて立っていた。

 本来の立場ではこれほど王女に近い位置など許されるはずもないが、それは兄の無事を早く見たいだろうと気遣う王女の計らいでもあった。

 兄を迎える緊張と安堵が入り混じった気持ちで両手を握りしめ、緊張した面持ちで馬車の到着を待っていた。


「……来たわね」


 シェルヴァが小さく呟く。

 遠くに見えた馬車は、リエルヴァの径をゆっくりと進み、広場の中心で停まる。

 そして、多くの人が見守るなか、扉が開かれ、ひとりずつ降車する。

 その4人目がティガスだった。


(お兄ちゃん……!)


 顔色は万全と言い難いが、特に包帯なども付けておらず、自らの足で歩く姿にセファーヌはほっと胸を撫で下ろした。

 それと同時に、あらかじめ彼の特徴が報告書類に載っていたからだろうか。

 広場にどよめきが広がるのが感じ取れた。


 ――ただの新米兵士だった青年が、たった一戦で英雄として帰還した。


 その事実が、全員の胸に驚きと称賛をもたらしていた。


 ティガスの姿を認めたシェルヴァが、まっすぐに彼に近づき、胸に手を当てて微笑みかける。


「お初にお目にかかります、ティガス・ニルヴィエさん。……わたくし、ナヴィル王国王女、シェルヴァ・フィンレクトですわ」


 王女の丁寧な口調に、ティガスは少し驚きながらも、深く頭を下げた。


「ティガス・ニルヴィエです。シェルヴァ王女殿下に迎えていただけること、光栄に存じます」


 そのやりとりは形式的なものに過ぎなかった。

 しかし、視線を交わした瞬間、ティガスには、なにか――不思議な感覚が全身を襲ったように感じた。


(……なんだろう、この感じは……?)


 しかし、考えても思い当たる節はない。

 王女と会話をすることはこれが初めてのはずだし、過去どこかで会ったこともない。

 それでも、なんとなく懐かしいような……そんな気がした。


 同時に、シェルヴァもまた、わずかに目を細めた。


「……どうなされました?」


 何も言わず、じっと自分を見つめるその澄んだ青い瞳につい見惚れてしまいそうになるのを堪えて、ティガスは問いかけた。

 その声に、シェルヴァははっと顔を上げると、もう一度微笑む。


「いえ、失礼しました。なにか……あなたの雰囲気が誰かに似ているような気がして……つい考え込んでしまいました」


 照れ隠しのように笑ったシェルヴァは、改めて真面目な顔で片手を胸に当てた。


「――ティガス・ニルヴィエ兵。あなたの戦場での見事な働き、この耳にも届いています。王家を代表して、感謝の意をお伝えします。ありがとうございました。……さ、妹さんが待っていますわ。行ってあげなさい」


 シェルヴァはセファーヌのほうを指し示すと、そう言ってティガスを促した。


 ◆


 ティガスの療養のためにあてがわれたのは、王宮の北棟にある小さな一室だった。

 新米の兵士とすれば普通では考えられぬ待遇だが、戦功を立てた英雄との見方をすれば、妥当ともいえるだろうか。


 とはいえ、まるで魔法で治療を受けたように、ティガスに外傷はない。

 しかし、極度の疲労に加えて貧血気味だと診断されたこともあり、しばらく療養せねばならないのは確かだった。


 王都に到着した日の午後――夏を目前にした日射しが眩しい――に、部屋を訪ねてきたのはセファーヌだった。


「遅くなってごめんね、お兄ちゃん。仕事が忙しくて……やっと時間が取れたの」


「……ああ。ありがとな」


 ティガスはベッドで身体を起こしたまま、少し照れたように笑った。

 目元にはまだ疲労の色が残っているが、表情そのものはどこか穏やかだ。


「どう? 痛いところとかない?」


「うん。ちょっと体が怠いくらい。さっきまで昼寝してたよ」


「そう……よかった」


 その答えに安堵したセファーヌは、鞄の中から小さな紙包みを取り出した。


「はい、差し入れ。……今日お兄ちゃんが帰ってくるって聞いてたから、焼いたの」


 微笑む妹にティガスも小さく笑って頷いた。


「サンキュ。……ほんと、変わらねぇな。お前は」


「そっちこそ」


 ふたりで少しだけ笑い合う。


「あ、そうだ。お兄ちゃんのことがあって、朝、シェルヴァ王女殿下とお話する機会があって……」


 セファーヌが朝の出来事を兄に話そうと切り出したとき、部屋の扉が軽くノックされた。


「失礼いたします。シェルヴァ王女殿下が、お見舞いにお越しです」


「――えっ!」


 思わずセファーヌが緊張した面持ちになった。

 まさにその当人の話をしようとしていたということもあって、偶然とはいえ驚きが勝る。


 その直後、すぐに扉が開き、昨日と同じ青灰色のドレスに身を包んだシェルヴァが姿を現した。

 その後ろには書記官と思しき文官がひとり付き従っている。


「こんにちは。……もしかして、わたくしの話をしていました?」


「えっ……あ、はい。……いえ、その、少しだけ……」


 セファーヌが慌てて立ち上がって礼をする。

 ティガスもベッドから起き上がろうとしたが、シェルヴァがそれを手で制して小さく首を振った。


「そのままで構わないわ。今回は、わたくしが勝手に来たことですから」


 優しく微笑みながら、シェルヴァはティガスの枕元近くの椅子に座った。


「療養中に申し訳ございません。実は、先日のバルグ砦での戦について、一通りの報告を受けてはいるのですが……。それは、あくまで砦から観察兵が確認した内容なのです。もちろん、あなたの活躍について疑うつもりはありません。ただ、実際に前線で戦った者の言葉で……詳細を教えてほしいのです」


 シェルヴァは手に持っていた報告書を指し示しながら、真剣な目でティガスを見た。

 ティガスは少し驚いた表情を浮かべながらも、ゆっくりと頷く。


「……わかりました。覚えてる範囲で説明いたします。私も、その報告書には目を通しておりますので……書かれていないところを中心に」


 それから、彼は淡々と語り出した。

 敵軍の挙動や勢力。砦の部隊との戦力差。

 周りの兵士達の多くが敵の魔法で命を落としたこと。

 そして――

 後が無くなり、命を捨てる覚悟で、単身――敵陣に突入したこと。


「……そこで、バナサミク兵を束ねていた敵将と一騎打ちになりました。……妙に礼儀を弁えた男でした。私は……その男には勝てませんでしたが……最後は、彼が部隊を下がらせたんです」


 話しているあいだ、シェルヴァは静かに耳を傾けていた。

 しかし――


「……確か、周りの兵士からは『ガレリード』と呼ばれていたようにと思います」


 その瞬間、シェルヴァが息を飲んだ。


「シェルヴァ様……? その、何か思い当たることが……?」


 セファーヌが小声で尋ねる。

 少しの沈黙のあと、シェルヴァはゆっくりと口を開いた。


「――必ずしも当人とは限りませんが……。わたくしの知る限り、その名は『最古の刻渡りの魔女』ヴァレリアの腹心として、記録に残されている人物です。……300年以上前から、幾度も歴史にその名が浮上しては消え、けして年を取ることがない、とも……」


「……え?」


 ティガスが目を丸くする。

 戦った相手は『青年』を過ぎてはいたものの、まだ皺もなく若々しさがあったからだ。


「もし……その者がバナサミク兵を束ねているとすれば……」


 シェルヴァは片手で口元を押さえ、真剣な眼差しを見せた。

 ティガスは王女の考えていることを代弁するように、疑問を口にする。


「……まさか、『魔女』が絡んでいる……ってことでしょうか?」


「まだ……それを断定するには材料が足りませんが……確かに、見過ごせない事実です」


 シェルヴァの声は低く、しかし静かな決意を帯びていた。

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