信心
父よあなたは強かった
打ちっ放しのコンクリに
深淵に繋がる穴ひとつ
窓から見える空すらも
暗灰色の隔離の病室
痴れた頭で書いたのは
「妙とは蘇生の義なり」とは
ペン字を習ったその筆は
痴れてなお麗筆だった
父よあなたは弱かった
胸裡に刻んでいたものが
虚しく力のない言葉
ただの箴言だったとは
やがてあなたは耐えられず
家に帰りたかったのか
窓枠超えて飛び降りた
二階の窓から飛び降りた
心のままに飛び降りた
母よあなたは強かった
開けはなした仏壇の
前に座って祈ってた
その曼荼羅に何を見て
子らの幸福祈ったか
病んで痩せた衰えて
それでも胸で唱えたは
「南無妙法蓮華経」なり
肺の病で声もならずに
母よあなたは弱かった
心の支えを欲しては
自分の心を見もせずに
魔法の呪文に縋ってた
心のままに縋ってた
やがてあなたは寂しがり
家に帰りたがりました
願い虚しく叶わずに
あなたの息は立ち消えた
信心という名の虚飾をば
見破れなかったその不運
運命だったと諦めて
思い出しては涙落つ
ただの箴言
ただの文字
半面だけの言葉に絆され
心の支えと思い込み
心を支えにしなかった
言葉や文字は
覚え習った仕来りなのに
真言だからと感佩し
心の支えと信じ込み
心ここにあらずだった
父よあなたは頑なで
母よあなたは蒙かった
だから私は心だけ
支えにしながら生きてゆく
言の葉などと気どってみても
千変万化の心など
あるがままには顕せまい
言葉などでは現せまい
あるがままの映写機と
あるがままの銀幕とが
心の正体なのだから
自灯明と法灯明
それが正体なのだから
父よあなたの
母よあなたの
轍を踏まずに棄教して
供養としての餞に
ぼくは心を信じます
自分自身を信じます