【021】王子様の御学友
屋敷に近づいた頃、その必要がないのに手を繋いでいることに気がついたカサンドラとアーサーは少々ギクシャクしたが、お互いにいい歳なので表面上は受け流すことにした。エフィストは内心で「付き合いたての中学生カップルか?」などと思っていたが、カサンドラにどつかれることが確実なので口を噤んだ。黒猫は賢明なのであった。
警備兵に声をかけ、あっさりと顔見知りの執事とも会えたためさほど悶着することもなく屋敷へ招かれることに成功。それを確認したエフィストが「先に上へ現状を報告しておく」と言い残し、黒いカラスに変化してさっさと姿を消してしまった。元黒猫は自由なのであった。
そうしてカサンドラとアーサーは順調に応接室に通され、供された美味しい紅茶でようやく一息をつくことができた。
昨日は領内の視察に出ていたマーガトン子爵は、明日あたりに面会の時間をとってくれる予定だったらしい。予定を急に変えることになってしまって申し訳ないなとカサンドラは思ったが、なんにせよ文句はグロッシェ商会に言って欲しいところである。
ちなみに、以前奥方に愛人だと勘違いされたことによってカサンドラが修羅場に巻き込まれた貴族夫妻というのが、このマーガトン子爵夫妻のことである。
マーガトン子爵家は薄毛の家系らしく、隣のグレイシャー伯爵領に突如出現した「神託の魔女カサンドラ」は子爵から秘密の相談を受けていた。この世界では、まだ遺伝やホルモンがどうのこうのというのは一般的でない。それでも親に似るというのはただの事実として知られているので、子爵はたいそう心配になってしまい、カサンドラは一族の肖像画を見せられながら悩みを聞いていたのだ。
その様子を見ていたのが、近隣の孤児院視察に出ていたはずのマーガトン子爵夫人。前日から夫の様子がおかしかったため、不思議に思った子爵夫人は予定を変えて様子を窺っていたのである。
そんな子爵夫人からすれば、前日からそわそわしていた夫の前に現れたのが若く美しい女性。しかも、挨拶もそこそこに一族の肖像画の前で話し込んでいたのなら不審にも思うだろう。穏やかだが少々思い込みの激しいところがある子爵夫人は、市井で囲われていた愛人を屋敷に招く準備だと大いに勘違いし、その場に突撃して夫である子爵と愛人である女を糾弾――という流れになってしまった。
その後は、興奮する子爵夫人が疲れたタイミングで子爵が悩みを暴露し、カサンドラがしっかりと瞳を晒して魔女だと名乗ったことにより、子爵夫人の勢いはひとまず落ち着いた。不安と動揺で一時的に視野が狭まっただけで、本質は聡明な女性で助かった案件だったと、カサンドラは後に思った。
そんな過去もあり、今回手土産にと持ってきていたのは、オレンジとハーブの練り香水とローズマリーのヘアオイル。薬の祝福を持つ魔女は、薬だけではなくこういった美容品も得意分野なのである。
マーガトン子爵夫妻が応接室に現れて一通りの挨拶と状況説明を終えたあとは、美容や経済についての歓談が弾み――気がついたら流れで晩餐に招かれていた。さらに、晩餐用の衣装を借りるついでに客間も宿泊準備がなされていたため、最早宿へ帰るに帰れない。優秀な権力者の決断と手回しは早いのだ。
なお、薄毛対策として豚レバーなどの食材を薦めていたのもあり、晩餐にはウェルシュ・ファゴットによく似たミートボール料理が供された。グレイビーソースが実によく合い、カサンドラはマッシュポテトが欲しくなった。残念ながら、いまのところじゃがいもはこの国で確認されていないのだが。
ゲストが平民だからというのもあるのだろうが、マーガトン子爵夫妻による無駄な虚栄の無い心尽くしの品は、カサンドラの疲れた心に染み渡ったのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――カサンドラさん、今いいかな?」
夏場で長居をした太陽はとうに沈み、カサンドラは贅沢な量の灯りの下で遺物の鳥籠を調べていた。
不意に中の様子を窺うようなゆっくりとした叩扉音が届き、誰何に応えたのは外出していたアーサーだった。
晩餐のあと、談話室に移り少しだけ歓談を再開したあたりで、行方不明になっていたロジャーが捕縛されたという報告が入ったのだ。本人確認と事情聴取のためにアーサーが急遽出向いていたが、無事に屋敷に戻ってきたようである。
「アーサーさん、おかえりなさい。どうだった?」
「うん、ただいま。ブラウン君本人だったし、謝罪されたし、やったことも全部認めたけど……最終的にはうちの本家と彼に縁がある家のどれかとの話し合いになりそう」
「わぁー……」
ロジャーはグロッシェ商会に縁がある侯爵家の分家の子爵家の縁者なのだという。マーガトン子爵家もまた侯爵家と縁があり、ロジャーはそれをたどってこの領で公務官をしていたらしい。
最終的に出てくるのが子爵家なのか侯爵家なのかは不明だが、グレイシャー伯爵家とその家の話し合いになる。あとは面子の問題だ。最終的にどんな結果になるのか、カサンドラでは想像もつかない。
「あぁ……本家に連絡が行くってことは、本家の再従兄弟たちに知られることが確定なわけで……今度会った時に何言われるかわかったもんじゃない絶対にからかいの種にされる嫌だ」
「仲いいのねぇ」
「おもちゃにされてるだけだよ……」
眼鏡をはずし、両手で顔を覆ったアーサーが、俯いてぼやく。
アーサーは同年代の親族の中でも年齢が下の方なのだろう。そして、可愛がられつつもからかわれて遊ばれるという不憫なポジションのようだ。この様子を見るに、話し合いには貴族の面子に加えて「自分たちの可愛い弟分に何してくれてんの」というグレイシャー伯爵家次期当主らの圧がかけられるのだろう。なんとなく、想像がつく。
話の流れで、ロジャーの動機ついでに謎の異名についてもようやく聞くことができた。
アーサーが寄宿学校にいた頃、同学年の第二王子には異名があった――それは、「氷雪王子」という名だ。
第二王子の青みがかった銀の髪、透き通ったアイスブルーの瞳。切れ長で涼やかな目元は、微笑んでいても温かみより冷たさを強く感じるもの。どこから広まったのかは不明らしいが、外見からついたことは想像がつく。
その時期は学校で王家の者がひとりということで、第二王子は「学校の王子様」として文字通り君臨していた。当然、こうなれば生徒たちをとりまとめる人員が必要になってくるため、そうして第二王子が直々に選び抜いた人員の中にアーサーがいた。
当時のアーサーはまだ眼鏡をしておらず、しばしば目つきが悪かった。それを気に入った第二王子は、アーサーに表情から感情を抜く訓練を施して傍らに置いたのだ。アーサーを人の上に立たせるためにはそのほうが都合良く、第二王子にはそれとは別の目論見もあったのである。
銀髪の第二王子と灰髪のアーサーは色合いと見目のバランスがよく、更に高位貴族出身の第二王子の幼馴染は白金の髪であり――詳細を端折って要約すれば、アイドル化していったのだ。第二王子がアーサーを引き込んだのは、見た目の印象も含めて自らの名を更に強く印象付けるための策であったのだが、若干斜め上の成果があがってしまったわけである。
同級生や上級生は、それとはかけ離れたアーサーの本質を知っている者が多いのだが、下級生はアイドル化した面しか見ていない者が大半である。そんな下級生の中の先鋭化したファン――要するに狂信者――のひとりが、ロジャー・ブラウンだった……というわけだ。
「まあでも……確かに格好良かったけど、あたしはいつものアーサーさんのほうがいいな」
「かっこ……!? えっ、あっ……ありがとう、ございます……?」
ついぽろっと素直な感想をカサンドラが零せば、アーサーは瞬時に顔を耳まで赤く染めた。そのまま落ち着かない様子で視線を泳がせ、慌てて口元を手で覆う。
率直に褒められたことや、素のほうを他者に好んで貰えたことや、複数の喜びの感情が彼の中を行き交っているのが見て取れる。
思い返せば少々告白染みた言い方だったかなと、カサンドラのほうも妙に恥ずかしくなる。
それでも、動揺しているアーサーを眺めていれば、カサンドラは自然と笑いが溢れてきたのだった。




