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【一章完】嘘つき魔女の妖精事件簿  作者: 雀40
第一章 誰が駒鳥を隠したか
18/24

【018】黒猫が嗤う

 カサンドラの宣言により、一瞬の間に世界から音が消えた――かのような感覚を誰もが覚えた時、甲高い派手な音が部屋を叩いた。


 通りに面した壁に嵌め込まれていた板ガラスの窓は割れ、破片が外に降り注いでいく。

 

 ガラスの割れた音が耳から離れ、小さな悲鳴の後にざわめきが増えだすと、カサンドラは下の人々に影響が出ていないのか気になってくる。

 外観をさっと思い返せば、一階の外壁には販売フロアの温度調節を目的とした幅広のオーニングがあったはずだ。流石に通行人の怪我は目的にしていないため、破片はそこに降り積もっているのだと思いたい。不思議なことだが、魔法は割と空気を読むため期待ができる。


「んな…………ッ!?」


 焦燥を顔にのせ慌てて窓際に駆け寄る支店長らを視界の端に収め、カサンドラは部屋の様子を確認した。最上位席の背後にあった立派なマントルピースには先程までなかった欠けがいくつか発生しているし、よく磨かれた一枚板のセンターテーブルには大きな亀裂が入り、張りのあった革張りのソファはひび割れが目立つようになっていた。


 部屋の観察を終えたカサンドラは、窓に駆け寄らずその場で呆然と外側を見ているアーサーの隣へと足を進める。

 それと同時に、支店長は声を震わせながらも懸命に声を絞り出し、カサンドラに状況の開示を求めてきた。


「ま、魔女殿……これはいったい……?」

「まあ大変ですね。けれど、私は申し上げたでしょう? 奇跡も魔法も神のご意思であり、人が関与できるものではございません。これは、貴方が望んだことです」

「私はこんなことを望んでいない!」

「何を仰りますか。私は、契約書通り……そちらが望む通りに告げたでしょうに」


 カサンドラは、彼女が隣に立ったことを認識したアーサーの腕にたおやかな指を添えて身を寄せる。すると、何に対する驚きかはわからないが、アーサーがぎゅっと身を固くする気配が返ってきた。申し訳ないが、この後に逃げやすくなるので少しだけ耐えてほしいと、カサンドラはアーサーの腕をぐっと引き寄せた。

 そんなふたりの背後では、供物として捧げられた物が光る粒子になってさらさらと消えていく光景が広がっている。ちなみにこれは、世界のリソースとして還元される現象である。一見不思議だが、正常な動作なのだ。

 

「さて、ご依頼は完了ということで失礼いたしますわ」

「ま、待て、どういうことなんだ、説明を……!」


 カサンドラはやっと終わったと心からの笑みを浮かべ、片手でスカートの裾をすっとつまみ、簡易すぎる礼で場を辞すための挨拶を放り投げる。


「それでは皆様、ごめんあそばせ」

「……えっ、あっ、うわ!?」


 必要な物は得た。用は済んだため、これ以上の面倒に意味はない。つまり、三十六計逃げるに如かず。

 躊躇なく影の祝福を使い、慌てるアーサーごと影に沈む。我に返ったロジャーがアーサーを呼んでいたが、聞こえなかったことにしてそのまま沈んで消えた。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 

 ――そうして魔女と従者がその場から突如消え、応接室にはふたたび静寂が訪れる。

 怒りの矛先を見失った支店長は、魔女を探すための指示を出そうと口を開きかけ、亀裂の入ったセンターテーブルに鎮座する黒猫を見つけた。

 

「あの魔女の猫じゃないか。大事そうにしていたのに忘れるとは愚かだな。次はこいつを人質に……」

「まだ気づかないのか。愚かなのは貴様のほうだろうに」


 黄金の瞳を煌めかせ、不遜な黒猫が人語を操る。

 その不可思議な光景に、支店長をはじめとする面々はその場から動くことはおろか、言葉を発することすらも忘れてしまった。


「魔女はちゃんと言っただろう? ただの人間如きの意思が関与できるものではないと。それがただ一つの真実であり、お前たちは自ら望んで魔女の呪いを引き寄せただけだ。その短慮を悔やむがいい」

「ま、まさか……御使い様……?」

「俺の前にこの地方を担当していた奴は白鳩を好んで使っていたからなぁ。御使いといえば鳥だと思い込んだか?」


 侮蔑の感情を隠しもせずに、エフィストが嗤う。普通の可愛らしい黒猫の姿なのに、その姿が大きな悪魔のようにも見えてくる。

 エフィストが自らにつけた名の由来は、かの近代悪魔「メフィストフェレス」である。黒猫が悪魔に見えてくるのも、あながち間違いではない。なお、犬ではなく猫の姿を好むのは、魔女の使い魔の代表といえば猫だから、というだけである。少しは考えるが、エフィストは原則として大雑把であった。

 

 そんなエフィストからすれば、別にこんな小物程度は放置してもいい。しかし、魔女という存在が無駄に侮られているのも面倒くさい。少しは手間をかけてもいいだろう、と思い立ったのだ。

 

「――ま、幸いなことに、供物は少なく内容も大雑把。慈悲深い魔女サマのおかげで努力によって覆せる範囲だ。精々がんばるこったよ」


 言葉を締めくくった黒猫が、最後に口元をニィと歪めて嗤った――ように見えた。


 色々と言ったものの、自業自得の呪いにだって多少の慈悲が必要だ。魔女や神に責任を転嫁されても困るのである。

 

 そもそもカサンドラの言霊の魔法は、人間の強い意思や感情を動かすことはできない。しかし、近寄る人々に「なんとなく嫌だな」と思わせる情報は暫くこの店舗に残る。確実に客足が遠のくだろう。

 それでも、客が抱く正体不明の不安を覆すほどのプラスの何かを店舗にもたらせるのなら、魔法の影響をそれほど受けず済むはずだ。または、この支店に関わらない方法で大きな成果を上げることができれば、商会長への道は拓かれる……かもしれない。

 カサンドラの魔法は、あくまで「やがて王国で一番の支店になる」が嘘になるだけである。しかも、捧げられた供物も大したことがないため、影響も微々たるもの。王国で二番の支店になる程度なら追加の障害はないし、商会長への道にも影響はない。本人の努力次第だ。


「そんな…………」


 膝から派手に崩れ落ち、ぶつぶつと何事かを呟く中年の男を見届け、エフィストは冷めた視線を部屋中に巡らせた。

 カサンドラとどこかに消えてしまったアーサーを追いかけたロジャーは、とうにこの部屋を出ている。

 壮年の男は、崩れ落ちた中年の男がこれ以上倒れこまぬように気を配り、アーサーの監視役だった男は所在なさげに黒猫を警戒するのみだ。

 

 エフィストがここでやるべきことはもうないだろう。

 男たちに興味を無くした黒猫は、くわと小さく欠伸をすると彼らの目の前で黒く溶け、そのまま影に吸い込まれてその姿を消す。


 割れた窓から爽やかな夏の風が吹き込み、真昼の強い日差しは室内に濃い影を落としていた。

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