【014】グロッシェ商会
馬車の用意や胡散臭い男による案内の申し出を丁重に断り、カサンドラは再び夏の日差しの下に居た。
不自然さのない範囲で、且つできる限り建物などが落とす影を踏めるような位置取りを心掛け、商業地区にあるグロッシェ商会を目指して歩く。
少し進み、狭い建物の隙間から「にゃあ」と鳴いたエフィストがするりと頭を出し、屈んだカサンドラの肩に乗ってくる。
「アーサーが捕まってた。意識は暫くなかったようだけど、もう目覚めてる」
「……そう、ありがとう。良い情報ね」
「それと、後をつけられてるぞ」
「ええ……? それまた案の定な……マーガトンの領制服で髪をかっちり固めた神経質そうな男?」
「髪はがっちりで制服も着てるが、神経質かはわからない」
今振り返るのは悪手だと思われるため確認ができないが、おそらくはあの胡散臭い男だろう。何か適当なことを言って抜け出してきたのか。
抱きかかえられたエフィストが、カサンドラの肩越しにそのまま後ろを見張る姿勢になる。
そのまま小声で情報交換を続け、アーサーの置かれている状況がなんとなくわかってきた。
エフィストが意識の無いアーサーを見つけたのは、グロッシェ商会の裏口。荷物に紛れるように運び込まれていたのだという。
どこか別の場所――おそらくは役所――で昏倒させられ、連れていかれたのだと思われる。長身のアーサーを隠して運ぶのには苦労しただろう。実行犯は、あの胡散臭い職員か。
相手の目的などはわからないが、カサンドラを呼び出す辺りを考えるに、用があるのは魔女なのだろう。
「(アーサーが私を売ったわけではない……というのは素直に嬉しいし、疑ったことを申し訳なく思うけれど、巻き込んでしまったことも同じくらい申し訳ない……)」
わざわざ人質をとってきた辺り、何らかの穏やかではない要求があることは容易に想像できる。
しかし、エフィストがアーサーを見守っているとすぐに目覚めたということなので、あまり強い薬ではなかったのかもしれない。
魔女は神の愛し子であるため、魔女を脅すという行為には高いリスクがつきまとう――一般的にはそう考えられている。
相手は魔女を侮っているのか、神を侮っているのか、その両方か。
「アーサーさんは、あたしを説得させるために捕らえられたのかしら……」
「まぁ、多分。ごめん、常に見張りがいたから俺も下手に近づけなくて、これ以上はっきりとはわからない」
「ん、もう十分だって。ありがとうね」
しょんぼりする黒猫の背を撫でながら足を進め、見えてきたグロッシェ商会は昨日訪れた時とまったく変わった様子もなく佇んでいる。
特に撒いたりもしていないため、追っ手は一定の距離を保ったままだとエフィストが言う。
特に躊躇する要素もない。カサンドラは正面から堂々と、グロッシェ商会のマーガトン支店の店舗へと乗り込んだ。
「いらっしゃいませ。何をお探しで――」
「こちらに、私の従者がお世話になっていると聞いたのだけれど?」
足を踏み入れるなり、接客担当の従業員が話しかけてくる。
グロッシェ商会のマーガトン支店は、庶民向けの中~高等品を扱う店舗である。所作と身なりで上客になりうると判断したのか、積極的だ。昨日に話を聞いたのとは違う従業員であるためか、カサンドラが魔女であるとはまだ気がついていない。
当のカサンドラは役所でされた勘違いをそのまま採用し、アーサーの行方について尋ねる。この従業員には悪いが、先に礼を失したのは相手の方なので高圧的な態度を選んだ。「居丈高な魔女が自分のモノを取り返しに来た」と思ってもらったほうが動きやすいという判断だ。
「えっ、と……?」
「――お待ちしておりました、魔女カサンドラ様。支店長がお待ちです」
戸惑う従業員をそのままに、タイミングよく店舗の奥から良い身なりの壮年の男が現れた。口ぶりから察するに、支店長では無いが高い地位に居る者なのだろう。そんな者が待ち伏せとは、随分と余裕のないことである。
カサンドラは声で返事をすることなく作り笑顔を返し、中年の男の後に続いた。
昨日のアーサーの説明によると、グロッシェ商会は王都に本店があり、庶民向けの商売を手広く手掛けているのだという。グラスベルの商品も何種類か卸しているようだし、陳列商品を見た限りでは手堅くやっているように見えた。
それなら何故、こんな危ない橋を渡ろうとするのか。どこか見えない部分に、切羽詰まる要素があるのか。カサンドラにはまだ、何も見えてこない。
通された応接室は、板ガラスの窓が嵌められた上等なものだった。
高級な板ガラスの窓を買うことができ、高い窓ガラス税を払える。商会としてこれ以上の何を望むのかと、カサンドラは内心で首を傾げ……艶のある革張りのソファにアーサーが座る姿を見つけて、ほっと小さく息を吐いた。後ろに監視役と思しき人間がいるが、重い怪我などはしていなさそうだ。
ただし、常に朗らかだったアーサーの雰囲気はとまったく違い、今は感情がすべて削げ落ちたような顔をしていることは気にかかる。彼の前へ置かれた陶製のカップに手を付けた形跡は無く、ソファに深く腰掛け長い脚を組んだ尊大な姿は、カサンドラがまだ見たことのない一面だ。
入室したカサンドラに気がついたアーサーは一瞬だけ眉を下げたが、すぐ無の顔に整えた。代わりに、ハンドジェスチャーで何かを伝えようとしている。おそらくは「無事」や「申し訳ない」など、そういった類のものだろうと推測ができる。
「ああ、やはり……彼はああでなくては……」
どろりとした声色の主が、まだ開いていた応接室の扉から入ってきた。
そこにいるのは追いついてきたあの胡散臭い男のようで、腕の中のエフィストがぞわっとして毛を逆立てている。
「貴様のような農婦の従者など、間違いでしかない――我らの“雪華の君”にその程度では役不足だ」
「はあ………………?」
自分を貶められていることよりも、アーサーを指し示す予想だにしなかった謎の異名に、カサンドラの思考が数秒止まる。
「(…………雪華の君とは?)」
エフィストが思い切り吹き出す音を認識した数秒後、とりあえず現実に帰ってきたカサンドラは思わず不躾にアーサーを凝視してしまう。
大いに動揺し目を瞠るアーサーとぱちりと目が合い、彼の顔がみるみる赤く染まっていく様をカサンドラは見届けた。




