5-1 密室のカウンセリングルーム
この大学病院には、精神科の友田教授の考えで、患者を精神面でも十分にサポートすべく、精神科医とは別に裕子を含めて5人の心理士が配置されていた。
心理士達には共通の部屋があり、そこにはそれぞれ自分の机があった。
そこで、日常の連絡事項や相談、各自のクライエントのカルテ入力、そしてカンファレンスの準備等も行なっていた。
また、毎週各自担当するクライエントの状況報告や今後のカウンセリング方針等は、精神科のカンファレンスルームでカンファレンスが開催され、そこで報告された。
その精神科のカンファレンスには、もちろん、毎回友田教授を始め関係医師も参加した。
裕子達は、カンファレンスでの報告で、教授や医師からの鋭い洗礼を受けて、様々な思いをいだきながら、また、日常業務に戻るのであった。
実際に心理士が、カウンセリング等をする時は、入院患者には病院の病棟に出向き、そこの面談室でカウンセリングを行っていた。
外来の通院者には、精神科外来にカウンセリング用の専用の部屋があり、そこでカウンセリング等を行っていた。
裕子は、洋子の状況については、カンファレンスでの報告はしなかったが、友田教授だけには進行状況を報告していた。
篠田洋子は、身体的にはもう大丈夫とのことで退院していた。
しかし、まだ洋子には、精神面に不安定なところがあり、また本人の希望と、友田教授の判断の下、引き続いて心理士斉藤裕子のカウンセリングを外来で継続することになった。
カウンセリング専用の部屋での洋子のカウンセリング中は、基本的には外から人が入らないように、"使用中"と表示の掛け札をかけた。
しかも、洋子のカウンセリング時には、母礼子が同席し、友田教授の了承のもと部屋に鍵を掛けることになった。
それは、裕子のカウンセリングが、クライエントの洋子と一緒に眠ってるような状態で行われているからであった。
密室での突発的な事態に備えて、二人の見守り役を行う必要性があるとして、事情をよく知っている母礼子が同席することになったのであった。
それらは、第三者が突然入室し二人の幽体離脱中に何らかの障害があっては困るからと、友田教授の特別配慮、発案からでもあった。
その部屋でのカウンセリング、洋子と裕子の二人の異世界旅行、つまり特別カウンセリングは、椅子に座ってすることになった。
今まで二人は、仰向けになってしていたが、そこでは部屋にそのスペースがないので、椅子に座って行くことにしたのである。
二人は並んで椅子に腰掛け、礼子は少し離れた所の部屋の入口近くの椅子に腰掛けた。
二人は、慣れない椅子に座った状態からの幽体離脱に、少し手間取っていたが、その内に離脱してそれぞれの椅子の横に浮いていた。
二人は、互いに顔を見合わせてニコッと笑った。
二人が、同時に後ろへ振り返ると、洋子の亡くなった祖父の誠治も浮かんでいるのが分かった。
「おじいちゃん、こんにちは、またお願いね」
洋子が、後ろを振り返りざまに誠治に言う。
「お爺さま、こんにちは、私もまた宜しくお願いします」と。
裕子は、後ろにいる誠治の方へきちんと向いて、頭を下げながら礼儀正しく頼んだ。
誠治が、
「うむ、よしよし。
準備は、二人ともええかのう。
では、参ろうかのう」
二人が、それぞれうなずくのを確認して、誠治は、二人を連れて出発することにした。
三人は、ダンダン浮き上がり、座っている礼子を見下ろしながら、上へ上へと飛び立って行く。
洋子と裕子が次に気が付いた時には、もうトウトウと流れる川の美しい花の咲く川岸にいた。
「二人とも、大丈夫かのう。
それでは、向こう岸に渡ろかのう」
誠治は、二人の様子を見て、二人が同時に頷いたので、誠治は三途の川を渡ることにした。
三人は、広い川幅の上をグングンと飛んで行き、また二度目の向こう岸に降り立った。




