4-20 死と生と愛と・・・
浩一郎が
「和顔施と言うのは、宿題の内容を知らなくても、それを解決出来る一つの方法だ。
同じような方法は他にもあるが、父さんはこれがもっともとっつきやすく、誰もが出来る方法だと思ってる。
ただ、ここで注意しなければならないのは、自分の宿題が一つとは限らなくて、通常複数あると言うことだ。
もちろん、その中には必然的に重み付けがあると思う。
それに、試験問題のように、やり易いものからすると言う方法もあると思う。
ちょっと今までのことを簡単に整理しながら、他のことも同じように考えると、
死とは、
肉体的な死を自覚して、生まれ変わる前の世界に戻ること。
生まるとは、
より住み易い村へ行く為に、自分の不具合のある部分を治すことが出来る世界、この世に行くこと。
よって、子は、時と場所と親を選ぶ。
選ばれた親は、子の不具合を治す支援をする、これを親の愛情と言う。
愛とは、
産まれるかわった理由となる不具合を、本人が治す為に支援すると言うこと。
人生の意義や目的、価値は、
自分の不具合を治すことや、自分以外の人が自分の不具合を治す支援や手伝いをするところにある。
言い換えれば、自分や他人に愛をもって接するところにある。
老いるとは、
複数の不具合を徐々に制限を付けること。
病気になるとは、
複数の不具合の数をより強制的減らし、試練と言う形で不具合解決のチャンスを与えること。
途中の「愛」からあとは、今までの考えから論理的に導けることだな」と。
淳一が、
「なんか、父さんすごいや!
なら、父さんは、不安 とか 恐怖 とか、ないの」
浩一郎は、それに答えて、
「もちろん、死に対する不安や恐怖と言うものはない。
死んだら何もなくなら、当然それらの心配をする必要がない。
死んで、今まで言っていたようことがあるなら、自分は昔から仲の良かった仲間がいる村に帰るだけだから、楽しみでもある。
この場合、死に対する不安や恐怖を感じる余地はない」
淳一が、
「父さんは、そう信じているみたいだけど、本当にそう信じきれてるの。
僕は、幽体離脱してあちこちに行ったよ。
その間に、死んだ人とも会ったことがあるよ。
でも、そこまでは信じきれないなぁ」
浩一郎は、それに応じて、
「父さんの今の心境は、信じる信じきれる、信じられないなどではなく、それらも含めて、とらわれていないと言う心持ちかな。
そう、もっとも大切なことことは、何事に対しても とらわれない と言うこと。
そして、その場その場で出来ることをすると言うことかな。
この場合の とらわれない とは、 信じる と言う概念の上位概念だよ」と。
すると貴子が、
「父さんの言うことは、何となく母さんを見てれば分かるような気がするわ。
母さんは、死後の世界のことを信じて生活していると言うより、いつもニコニコして、その時々で出来ることをしている。
父さんみたいに、小理屈をこねないでね」と。
それを受けて淳一が、
「うん、母さんはいつも何事にもとらわれないで、今を瞬間を生きているって、感じだね」と。
それらを聞いた礼子は、ニコニコしながら嬉しそうに、
「この子達は、何を言って、母親をからかっているのやら」と照れながら、
「もう、時計も明日になりましたよ。
皆さん、歯を磨いて床につきませんか」と壁に掛かってある時計を指差して言った。
皆んな時間の経過に驚き、それぞれが就寝の準備を始めた。




