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4-13 レストランの個室にて


 浩一郎は裕子を連れて、帰るふうでもなく黙って歩を進めていた。


 すると、突然浩一郎が、

「斉藤先生、夕食でもご一緒にどうですか」と裕子を誘った。


 先程の浩一郎から受けた恩を思い出しながら、一緒に歩いていた裕子にことわれるハズもなく、

「はい」と素直にうなずいた。


 浩一郎達が連れ立って入ったのは、イタリアンのレストランで、個室に案内してもらった。


 浩一郎が、

「さぁ、まずは今日のことを忘れて、お腹一杯美味しいものを頂きましょう。

 ややこしい話しは、そのあとにしましょう」


 裕子も疲れのためか、それに本当の父親に甘えるように、遠慮なく食べたいものを注文し、一緒に食事を堪能した。


 二人が食後のコーヒーを飲んでいる時に、おもむろに浩一郎が、

「今日、斉藤先生の過去も洋子と一緒に見たんですね」


裕子が泣きだしそうに、

「ええ」と応えた。


 浩一郎が確認するように

「あの場面も」と尋ねた。


 裕子が応じで、

「はい、でも篠田先生からジャケットを着せて頂きこちらを振り向いた時、篠田先生の顔が見えて、それで洋子ちゃんが気付いたところで、場面が変わりました」


 浩一郎は、やはりと思いながら、

「そうですか…… 」と黙りこんだ。


 裕子は、核心の疑問を浩一郎にぶつけた。

「篠田先生は、いつ私と洋子ちゃんが固いキズナに結ばれていて、私が洋子ちゃんの姉でもおかしくないと思われたのですか」


 浩一郎が言うには、

「もちろん、あの時は気付きませんでしたよ。


 それどころでは、なかったですからね。

あの時、警察と救急車を呼ぼうとしたら、あなたはいいえと。

 自宅を聞いたら、すぐ近くと言うのであなたのアパートまで送って行った。


 あなたはこのアパートだからと言って、ジャケットを返してくれて、それで別れた。

 それだけです」

 

「あの時、篠田先生は自分のお名前もきちんと、教えてくださらなかった。


 ただ叫んで走っただけですからと言って帰ってしまわれた」


 浩一郎は、忘れたふりをして、

「そうだったですかね」と。


「数日後大学の廊下で、見覚えのあるジャケットの後ろ姿を見て、声をかけたら、やっぱりでした」


「いゃあ、あの時はビックリしました。


 突然、若い女性に呼び止められましたので。

 一瞬、誰だか分からなかった。

 こんな女性は、自分の教室にはいなかったはずと思いました。


 でも、あの夜のことは、あの事件のことは、すぐに思い出しましたよ」


「その時、互いにきちんと自己紹介して、私がお礼にお食事にお誘いしたら、先生はいとも簡単に快諾してくださった。


 その時には、もう気付いておられたのですか。


 だから、お食事に簡単に快諾してくださったのですか」


「そうですね〜、あの時は一瞬、あれっ、と思いましたよ。


 それを確かめるためにも、ご一緒しようと思いました」


「それで」


「やっぱりと思いましたね。


 食事をしながら、この子は洋子と固いつながりがある。


 状況によっては、自分の娘であってもおかしくないとね」


「なぜですか」


「なんとなくね。


 それに、食べ方があなたは洋子と似ている、

話す間の取り方も、

雰囲気もね。


 そんなことが、確証になったかな」


「それで、支払いも先生がなさった」


「それは、当然でしょう。


 自分の可愛い娘にご飯に誘われたら、やっぱり父親が払うでしょう。


 それに、社会人ならいざ知らず、まだあなたは学生でしたからね」


「その後、先生は何度も食事に誘ってくださり、私の相談にものってくださった」


「まぁ、当時は院生だったし、勉強や研究に没頭しておられたからか、食事もちゃんと摂ってないみたいなのでね」


「はい、その通りでした。


 度重なる食事を大変感謝しておりました。


ありがとうございます」


「どうしたんです、突然」


「いえ。


 自分の過去を改めて見て、先生にお礼をあまり言っていないことに気付いたものですから。


 それと、博士課程の件と今の就職の件もありがとうございました」


「いえ、いえ。


 博士課程の件は、あなたが普段からよく勉強をしておられた、その実力が合格と言う結果に現れただけですよ。


 それに、就職につくいても、たまたま友田のところに欠員があって、募集をしていた。

 そして試験に合格し、面接で友田のお眼鏡にもかなった。

 結果として採用された。


 すべては、あなたの普段からの勉強や研鑽の結果です。


 あなたの実力ですよ」


裕子は、もう涙を滲ませて


「ありがうございます」と、頭を下げた。


「私が、進学か就職で迷っていた時、先生はどうして転学での進学を勧めてくださったのですか」


「それは簡単ですよ。


 僕は、あなたの中にキラリと光るダイヤを見ました。


 つまり、あなたはまだあまり磨かれていない、ダイヤの原石だったんです。


 そこで、僕自身では磨けないので、磨ける可能性のあるところを紹介した。


 それだけですよ」


「はぁ、つまり、前の大学の指導教官では磨けないと」


「大学の指導教官には、二つのタイプ、役割、実績があると考えてます。


 非常に簡単に誤解を恐れずに言えばですけどね。


 一つは、自分が研究して実績をだす人。


 もう一つは、学生を教育して、多くの学生に実績を出させる人、言い換えれば、博士号を沢山とらせる人。 


 一般的に大学の教官は、どちらか一つのタイプであるか、両方ともできないタイプですね。


 残念なことに、後者が非常に多い。


 反対に両方出来る教官は、非常に少ない。


 もちろん、同じ教官でも学生との相性もありますから、一概には言えませんがね。


 僕は、斉藤さんの指導教官の論文を調べてみました。


 その結果、先程のどちらでもないタイプか、斉藤さんとの相性が合わないのではないかなと思いました。

 

 この現状は博士課程に行っても、変わりませんから、指導環境を変える必要があると思い、転学による進学を勧めました。


 そして、斉藤さんは博士課程で新しい研究をされて、いい論文を沢山出されました。

 結果的に博士号論文も好評ですんなり審査会も通り、PhD.を授与されました」


「先生は、なぜそうまでしてくださったのですか」


「それはですね、あなたに 

これは今の世の中で、

自分しか知らない、出来ない

つまり

世界で一人しかいない 

と言う感激を味わってもらいたかったからです。

 一種のオリンピックの金メダルの感激に近いものですね。


 大まかに言って、

修士課程はその分野の最新学説まで学び習得するところです。


 博士課程は、それを超える領域を研究し、論文として世に問うところです。


 ですから、本来なら博士課程で論文を出すと言うことは、世に新しい知見を知らしめると言うことです。


 これを通して、博士課程の学生として、その感激を、世界の最先端を、それを知っている人間は世界で一人だけと言う感激を味わってもらいたかった」


「しかし、先生、残念ながら私は論文を書き、発表することが、精一杯で、そんなことを微塵も思いませんでしたよ」


「普通は、そんなものですよ。


 しかし、自分の知見と世界のレベルを本当に知った時、そう思いますよ。


 それにですね、論文は発表したら終わりではありません。


 本当の勝負は、それからです。


 その学問領域で定説となるには、さらに数年以上必要です」


「先生、しかし、私は大学に残って、研究をするより、現場がいいと、大学を離れました。


 これでは、先生のご期待にそえないように思いますが…… 」


「そんなことは、ありませんよ。


 あなたは、今、大学病院に勤務されてます。


 必然的に、少なくとも部内でのなんらかの業績の発表はあるのではと思いますが…… 」


 私は、医学部や大学病院での業績発表がどう言うものか、よく知りませんが…… 。


 それに、心理学と言うのは、人間に見着した実学の分野です。


 それを離れて学問的に、色々言っても、所詮役には立ちますまい。


 むしろ、今のカウンセリングを通して、色々と考え、行動を起こす。


 その積み重ねを通して、自分の考えをまとめて、機会があれば、発表されてはいかがですか」


「先生、でも私、論文を書いて、どうのこうのするの苦手なんですけど…… 。


 ましてや、学生を相手に講義なんかをするなんて…… 」


「下手に体系だった知識なんて、実際のカウンセリングではあまり役に立たないような気がします。


 学生の指導の仕方には、ケーススタディと言う手法があります。


 先生は、今まで、いくつかの公演をされていますね。


 その時は、実際の事例を元にして話されたのではないでしょうか。


 学生に対しても同様に、事例を上げて一緒に検討していくというスタイルがありますよ。


 それを通じて、まだ何も経験ない学生を、先生レベル近くまで引き上げることが出来れば、教育者として素晴らしいと思いませんか」


「しかし、現実には日々の仕事に追われて、とてもそんな余裕がありません」


「しかし、その日々の仕事の中には、部内のかな、発表会もあるでしょう。


 それを利用して、ちゃんとした論文形式にしたらいいのでは」


「先生、私、英語がからっきしダメなんです。


 だから、大学入試も上手くいかなかったし、院生の時英語の論文を読んだり、論文作成に苦労しました」


「英語の論文なんて、慣れれば簡単ですよ。


 それに、あなたの場合、添削してくれる人がいますからね。

 心配ないですよ。


 それに、日常業務に携わりながら、論文作成から始まって、それを発表したり、公演活動を行うなどの学会活動をすることを一般的に上司はイヤがります。


 そんなヒマがあったら、もっと日常業務をしっかりしろ、とね。


 それに、上司は、そんな経験がないことも多いですから、余計にね。


 しかし、友田なら友田教授ならそんな心配はありませんよ。


 斉藤先生が、そのようなことをすれば、むしろ応援してバックアップしてくれるはずですよ。


 彼は、珍しいタイプで、自分も沢山論文発表しますが、若いスタッフにも論文を出させることを奨励するタイプですからね。


 論文の指導や推敲、添削などをすれば、必然的にその論文の著者の一人に名前をつらね、それも自分の実績になることをよく理解してますからね。


 ただ、日常業務についても、よく目を光らせて、厳しく監督、教育、指導をしていると思いますよ。


 おっと、異世界に行かれた話しから、随分脱線しましたね。


 今日も遅くなったので、もう帰りましょう。

 

 ご自宅まで送りますよ」


「最後にもう一つ、

先生はなぜそうまで、私にしてくださるのですか」


「同じような質問ですね〜。


では、こう答えましょう。


 あなたにとって、一番の幸せは何ですか、と聞かれた時、

私はこう答えます。


 人の成長する姿を見ること、と。


 私は、斉藤先生が院生の時から見てました。

 斉藤先生が努力し、成長する姿を。


 これを見れたことは、私にとって無情の喜びでもあり、幸せなことでした。


 斉藤先生、私に、先生はこの幸福感を与えてくださった、大変ありがとうございます」


 裕子は、もう何も言えなくなって、黙って、浩一郎に送られるほかなかった。


 自宅前、浩一郎と別れれた時、その後ろ姿に静かに頭を下げる裕子であった。

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