4-11 裕子の過去世と空(くう)
しばらくして、裕子は立直り、
「おじいさま、私の過去世もお願いします」と頼んだ。
誠治は、
「うむ、分かった」と言うと、スクリーンは次の場面を映し出した。
そこは広い和室であった。
三人の子供がいて、洋子の前世の時に見た着物を着ていた二人は裕子と洋子で、もう一人は元服前の少年でどうやら二人姉妹の兄のようだった。
三人は、教卓を前に座っていた。
正面に茶色の法衣に袈裟をまとっている老僧が、三人に相対して座っている。
スクリーンを見ていると、どうやら今から読経をするようである。
四人は、
「摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩行深般若波羅蜜多
時照見五蘊皆空度一切苦厄舎
利子色不異空空不異色色即是
空空即是色受想行識・・・」
と、般若心経を唱えた。
老僧が、
「この経は、どのようなものか。
誰か申してみよ」
年長の少年と洋子がモジモジしていると、真ん中に座っていた裕子が、
「はい、このお経は、お釈迦様の説かれた考えの中で中心をなす考えで、もっとも大切なお経でござります」
「中心をなす考えとは、なんぞ」
「それは、空にございます」
「では、空とは、なんぞ」
「空とは、すべてのが常に変化している、と言うことです。
ですから、物も心も感覚なども、全て変化している、と言うことです。
変化するから実体はない、と言うことです。
その変化することは、それぞれに原因があって結果となると言う考えにございます」
「うむ、良くぞ申した。
咲殿は、もはや仏説の真髄を会得しておるようじゃな」
裕子は、ここでは咲と言う名のようであった。
スクリーンは、また次を映しだした。
それは、平安時代と縄文時代へと変わっていった。
裕子の生涯や洋子との久しい関係が、よく分かった。
そしてスクリーンがなくなり、そこには遠くの景色がまた見えた。
誠治が、感心したように、
「裕子さんは、前世の江戸時代でも利発な子であったようじゃのう。
だから、今も優秀で心理学の学位を簡単に取得したのであろうのう」
裕子は、そんなことはないと、
「私は、修士課程に在籍している時、自分には才能がないのではと、だから進学を諦めて就職した方がよいのではと悩んでいました」
誠治が、それに対して、
「そうじゃのう。
しかし、浩一郎は裕子さんの優秀さと才能を惜しんだようじゃ。
優秀であればあるほど、その指導者の力量が問われるからのう」
裕子が、ふに落ちるように、
「だから、篠田先生は自分の大学に来るように勧められたのですか」
誠治が応じで、
「そうじゃ、浩一郎の大学の方が、裕子さんの才能を伸ばせる。
より優秀な教授がそろっておると考えたのであろうのう」
裕子が首をかしげるように、
「それは、私が進学を迷っていたのは、前の大学の教授の力量に問題があったと」
誠治が訂正するように、
「いや、そうではないであろう。
裕子さんは、当時すでに教授の力量を超えていたのかもしれん。
だから、教授にはなかなか適切な指導が、難しかったのかもしれん。
それが裕子さんを迷わせたのであろうのう」
洋子が驚いて、
「裕子お姉さん、すごーい。
前世からも、ものすごく優秀だったんだ。
なぜ、うちの家に産まれ変わらなかったの」
裕子が、不思議に思いながら、
「貴子さんも、優秀じゃない。
でも、私も篠田先生の娘でいたかった。
なぜ、今回は別々のところを選んだんだろう」
それに答えるように誠治が、
「それはのう。
お前たちの村で聞くことじゃな。
今日は、もうだいぶ遅うなった。
故郷へ行くのは、またの機会にしょうか」
洋子が不満そうに
「え〜、もう戻るのですか、おじいちゃん」
誠治が、洋子をあやすように、
「まあ、そう言うな。
しばらく、今まであったこと、知ったことを考えてもよかろう。
二人とも沢山の疑問があろう。
それを整理してから、村に行ってもよいと思うぞ。
さぁ、戻ろう」




