2-4 洋子の恐怖
洋子は母礼子から、しばらく優しく背中を撫でられて、泣き止み、母親の愛情や優しさにただよいながら落ち着いた。
礼子は再度、聞いた。
「洋子ちゃん、洋子ちゃん、どうしたの。
洋子ちゃん、何があったの」
洋子は、父浩一郎からおそわったように、2〜3回ゆっくりと息を肩で吸ったり吐いたりを繰り返して、顔をかかえたまま、
「食べようとしたら、手が止まって動かないの、右手も、左手も。
そして身体も固まって、動かない。
何とか手を動かそうとしたら、
怖いの、なぜか。
自分の中の何かの意志が、
食べるのを邪魔してる。
無理矢理動かそうとしたら、
なぜか、どこからともなく、
恐怖感が湧き上がってきて。
なぜか食べたら、
自分の中の何かが壊れてしまいそうで。
本当は食べなくっちゃならないのに。
食べたくないの。
いや、食べれない。
もし、食べたら吐かないとって。
だから、食べちゃダメだって。
甘えてるみたいに感じるけど、
やっぱりダメなの。
なぜか分からないけど。
始めは、そんなことを思いながら、
食事とにらめっこしてた。
そして、何も考えられなくてボーっとして、時間だけが過ぎていったの。
気が付いたら、辺りが真っ暗になっていて、
私とお昼がのったトレーが、
ボンヤリ明るくなっていて。
暗い中、一人で、
母さん、怖い。
なぜなの、
何が私に起こってるの。
お昼が、
私に何か言ってるみたいで、
怖い、
食べれない。
母さん、
私どうしたらいいの」
それは、礼子のブラウスを涙で濡らしながらの、
洋子の支離滅裂な助けを求める心を絞った声であった。
礼子の右手は洋子の手をしっかりと握りしめ、
左手は優しく洋子の背中を上下していた。
「洋子ちゃん、洋子ちゃん、
今朝のこと、覚えてる。
色々あったけど、朝ご飯を食べたよね。
ひょっとして、まだ、お腹減ってない」
「そう、朝ご飯は、何ともなく食べれた。
なんで。
なんで、急に」
「たぶん、今度は食べれると思うよ。
ほんの少し、
ちょっとでもいいじゃない。
後で、
吐いてもいいって思って食べてみたら。
吐いたら、母さんが掃除してあげるから、
心配しないで。
自分の中の何かが壊れたっていいじゃない。
母さんと父さんが、なんとかするよ。
信じて。
今は、母さんが横についてる、
壊れたって、なんとかなるよ。
もし、毒が入ってそうで怖いなら、
母さんが、まずちょっとづつ食べて、
毒味をしょうか?」
洋子は押し付けていた顔を少しずらし、泣き腫らして真っ赤になった心配そうな目を浮かべ、顔を礼子に向けただけだった。
礼子が箸を取りあげた時、
洋子の手がそこに重ねられ、
ゆっくりと箸が、
洋子の手の中へと移って行った。
洋子は、母から離れてお昼のトレーに向き合った。
箸を持ち、
じっと、お昼を見つめている。
目を見開いてじっとみつめている。
洋子は、ボーっとしながら、
何も考えられなかった。
ちょっと震えながら、味噌汁に両手をやって、ゆっくりと口へ運んで、やっと一口ゴクンと。
今度は、
手が止まらずに、飲めた。
それが呼び水となり、同じようにして、ご飯やオカズをひとふたくち、口へ運べた。
2、3回噛んだだけで、ノドへ流し込んだ。
全部同じ様な味で、
何を食べているか、
感じる余裕もなかった。
ほんの少しづつ口へ運び終わったあと、箸を置いたら、ぐったりした洋子は布団をかぶって、丸くなって動かなくなってしまった。