2-3 ヒザを抱えて食べれない
礼子はその後ずっと、洋子の背中、特に背骨を中心に手を当てていた。
洋子はよほど疲れていたのか、気持ちがいいのか、安心した様子でうつ伏せのままスヤスヤと眠っていた。
お昼近くになり、礼子は自分の昼食を院内の売店に買いに出ることにした。
ドアをノックするコンコンと言う音と、ともに看護師の山下が
「お昼ですよー」と、
昼食の載ったトレーを運んできた。
洋子はその声で目を覚まして、うつ伏せからゆっくりと起き上がった。
キョロキョロと辺りを見渡し、母がいなくて、山下がトレーをテーブルに置くのが見えた。
「あっ、ありがとうございます」と。
寝ぼけまなこで山下に声をかけた。
山下は、その顔を見て微笑みながら出ていった。
テーブルの上には、礼子の用意した洗面セット・箸箱・湯呑みが置かれてあった。
歯を磨いて手を洗い、昼食のトレーを見るとすべての容器に蓋がかぶせてある。
「何かなぁー」と、
ワクワクしながら一つづつ蓋を開けていった。
箸箱から箸を取り出し、さぁ、お味噌汁を飲もうとした時、
汁椀を取ろうとした手が、トレーの手前で止まってしまった。
箸もトレーの手前で止まっている。
洋子は動かない両手にガクゼンとして、目を見張って呆然としていた。
食べようとして、手が動かない、自分に何が起こっているか、理解できない状況であった。
無理矢理でも手を動かして食べようとしたら、何とも言えない恐怖心が湧き起こり、どうしても怖くて食べれなかった。
しばらくして、箸を置いて食べるのを諦めた。
洋子は足をヒザを胸に抱え込んで、そのヒザに頭を乗せると動けなくなり、
じっとしていた。
いや、動けないと言うより、
その姿勢から動く気力もなく、
ただ、頭を抱えていた。
思考は完全に固まって、
身体も頭も動かない。
しばらくして、母礼子が自分のお昼、サンドイッチやコーヒーを持って部屋に戻ってきた。
洋子は、ノックの音も、礼子が入って来たことにも気づかずに、抱え込んた足のヒザに、頭を乗せて、下を向いて、
じっとしていた。
明らかにおかしな洋子の様子を見ながら、洋子の肩に手をかけて、
「洋子ちゃん、洋子ちゃん、どうしたの」と声をかけた。
洋子は顔を上げ、心配そうな母親を見るなり、
突然、ヒザを抱え込んだまま泣き出した。
礼子は、ヒザを抱え込んで丸くなって泣いている洋子の隣に座り、
優しく抱きしめ、背中を手でゆっくり撫でるしかなかった。
洋子は、その礼子の温かい手や雰囲気の中に浸るしかなかった。