2-2 早朝の不思議な出来事
面会時間外の早朝7時前に、浩一郎と礼子は、病棟のナースステーションを訪れた。
浩一郎と礼子は、主治医の佐藤と看護師長の吉田、担当看護師の山下を交えて洋子の状況を聞いた。
その後浩一郎は、
「まず、私一人で入ってみます。
昨夜話したのは、私だけですから、たぶん私なら大丈夫でしょう。
それから妻がいいでしょう。
もう大丈夫だと落ち着いたら、こちらに知らせます」
と言って、皆んなが何も言わないのを同意したと解釈して、浩一郎は病室の方に歩いていった。
ドアをコンコンと叩いて、
「おはよう」
と言ってドアをゆっくり開けた。
洋子は、すぐに父と分かり、自然と枕を胸に抱え込み、ベットの端へ浩一郎の方へ移動し座った。
父親の浩一郎が入って来て、昨日の椅子に座った。
しばらく二人は見つめ合って、洋子は、
「お父さん、怖い」
と叫んで、立ち上がって浩一郎へ抱きついてきた。
洋子が少し落ち着いた頃に、
「大丈夫、
大丈夫、
大丈夫だよ。
父さんの言う通りにしてごらん」
浩一郎は、手を洋子の背中に回して優しく抱きしめ、そのまましばらくして、
「耳元で、
まずは、
ゆっくり、ゆっくり、
息を吸って、
ちょっと止めて、
ゆっくり吐いてー。
また
同じように
吸って、
止めて、
吐いてー。
今度は、
出来るだけ
大きく吸って、
止めて、
吐いてー。
もう一度。
うん、上手、上手だよ。
今度は、
お腹を膨らませるように
大きく吸ってー、
ちょっと、止めて、
吐いてー。
もう一度。
お腹が膨らむのがわかるかね、
そう、
そこに意識を集中して、
ゆっくり大きく
息をしてごらん。
もう、一度。
どう、落ち着いた」
「うん」
洋子は浩一郎から離れたので、
浩一郎は、
「看護師さん達、怖かったねー。
何が見えたかは、あとにしようね。
まずは、
何を見ても、怖がらないようにしなくちゃね。
普通と違うものが見えたら、
そう言う風に息をして、
気にしなければいいよ。
それでも、もし、気になっって、
自分のところに来そうだったら、
父さんを強く思い浮かべて、
父さんの所に行けって、
心の中で強く叫べば
たいてい
なんとかなって、
いなくなるよ。
さっき入ってきた看護師さん達には、変なものついてないから、
安心して見えるものを無視していいよ。
分かったかな。
なら、ゆっくり
さっきの呼吸を続けていてごらん」
二人は離れて、浩一郎がドアの方へ行き、
「じゃ、お母さんを入れてみるよ。
練習だ、練習だ。
礼子、入っておいで」
礼子は、ソロリソロリと入って来た。
洋子の目は、相変わらず驚いたように、また目を見開いている。
浩一郎は、
「洋子ちゃん、何が見えても気にしない、気にしない。
目をそんなに大きく開かないで、
普通に、
普通にね。
昨日のことも、今朝のことも、
またあとで話そうね。
大丈夫。
心配いらないよ、
父さんと母さんがついてるからね。
もう、大丈夫かな」
洋子は、礼子を見て、
「母さん、
もう大丈夫。
ありがとう、
ありがとう、
ありがとう。
なんだか、
涙が溢れて止まらない」
礼子は胸に、洋子を優しく抱きしめていた。
しばらく礼子の胸で泣いたあと、
さすがにもう涙が枯れたのか、洋子は離れて、
「朝の検温、もう大丈夫だと思う。
母さん、看護師さんを呼んで」
「はい、はい、分かりましたよ。
それでは、看護師さんを呼んで来ましょうね」
礼子は、部屋を出て行った。
浩一郎は、ベットサイドに立っていて、礼子と二人で視線を合わせてニコッとした。
担当看護師の山下が入って来て、
洋子は、
「先程は、大変失礼しました。
お詫びいたします。
さぁ、体温計を」
洋子は、山下の方へ手を差し出した。
山下は、何が起きたのかキョトンとして、今度は山下が恐る恐る体温計を洋子に差し出した。
浩一郎と礼子は、その様子を微笑ましく見ていた。
朝の検温等も無事に終わり、山下はその旨、師長と主治医に報告した。
吉田はエッと言う反応で、佐藤はやっぱりねっと言う顔をした。
「父さんは、講義があるからもう行くよ。
あとは、母さんがいるから、
大丈夫だよ。
心配しないでいいよ。
父さんは、あとで時間を十分にとるからね」
と言って、浩一郎は出て行った。
部屋には、礼子と洋子が残された。
洋子は、しばらくジッと考えて、
「ねぇ、ねぇ、母さん、
父さんって何者。
何者なの。
何かおかしいよ。
仕事は、物理の教授だよね。
だから、よけいにおかしいよ。
ねぇ、母さんは何か知ってるんでしょ」
しばらく考えて礼子は、
「いいえ、
母さんもよく分からないの。
しいて言えば不思議な人かな」
「もう、母さんのいじわる」
洋子はふくれ、礼子は笑っていた。
その内に朝食が来て、洋子はすべて平らげた。
若い洋子は、昨日の昼から何も食べていないのである。
その元気そうな様子に、礼子はホッとした。
「そうそう、腰、痛いんじゃない。
そこにうつ伏せになってごらんなさいな」
「何するの?」
「はい、はい、いいから、いいから」
礼子は、うつ伏せになった洋子の腰に手を当てた。
「あっこれ小さい時、
よくしてもらってたやつね。
ありがとう、母さん」
しばらくしたら、洋子は気持ち良いのか寝てしまったが、礼子は続けていた。