1-10 かさなる偶然
浩一郎と淳一は、途中でお菓子を買って、花屋中村に着いた。
「ごめん下さい」
と浩一郎は声をかけて、中に入って行った。
中から、さわやかな声で聡子が
「いらっしゃいませ、
どんなお花がよろしいですか」
「いえ、いえ、申し訳ありません。
私達は、客ではありません。
実は先程ここの店先に落ちてきて、倒れていた娘の父親です。
そして、こちらはその弟です」
名刺を出しながら、
「私は、篠田浩一郎といまして、倒れていたのは娘の洋子です」
「あらあら、まぁまぁ。
私は花屋の中村聡子で、こっちにいるのが主人の辰雄です。
この度は、大変でしたねー。
それで娘さんの容態は」
「今、眠っております。
お陰さまで、かすり傷程度で、ほとんど怪我もありませんでした。
この度、本当にご迷惑をお掛けしました」と二人は、頭を下げた。
浩一郎が、遠慮する聡子に何とかお菓子を渡して、
「でも、ようございましたね。
大した怪我もなくて」
「はい、まったく。
ここの差し掛けとダンボール箱のお陰です。
ありがとうございました。
ところで、破れた差し掛けの修理代を弁償をさせて頂きたいと思います。
被害金額修理代金がわかりましたら、こちらの私の住所まで見積書を送付して頂けませんか。
それと、他に娘が壊したような物は、ございませんか。
ダンボール箱が潰れたと聞いておりますが、花などは入っておりませんでしたでしょうか」
「いえ、いえ、ダンボール箱は空で、もう花を出したあとでしたよ。
だから、差し掛けの他に壊れた物等はございませんのよ。
でも、偶然ってあるものですねー。
いつもは、花を出したらすぐに空のダンボール箱を片付けるのですが、今朝に限って歩道の上に出しっぱなしでしたねー。
あっ、そう言えば、差し掛けもまだこの時期には出さないのですが、今朝は何となく花に日が当たると思って、出したんですよ。
日なんか、当たりませんのにねー。
なんか、普段しないことが、ニ回ありましたねー」
「しかし、そのお陰で娘はほとんど怪我もなく済みました。
大変感謝しております。
ありがとうございました」と、浩一郎は、再度頭を下げながら言った。
「ところで、娘がこの店の前を通ったところを、覚えていらっしゃいますか。
どんな感じでしたか」
「そう、そう、それですが。
警察にも言ったんですが。
娘さんは、私のすぐ横を歩いて行かれました。
それがうつむいてまるで夢遊病者か何かのように、心ここにあらずっていう感じで、スーッと歩いて行かれたのですよ。
そして、階段を上がって行かれました。
別に思いつめたような感じでもなく、まさか、あんなことをされるなんて、ビックリしました。
でも、大したことなくて、ようございましたねー」
「いえ、いえ、これも奥様のお陰です。
この度は、本当にありがとうございました。
では、あまりお邪魔をしては申し訳ありませんので、これにて失礼致します」と、浩一郎と淳一は頭を下げて店を出た。
二人で歩きながら駐車場へ戻る途中、淳一は今朝みた夢の話を浩一郎にした。
すると、浩一郎は、
「淳一は、洋子が飛び降りたのを見た時、"あっ"と叫ばなかったかい」
「うーん、そう言えば、そんな気もするね。
どうして」
「ちょっとね、そんな気がしただけだよ。
それに、どこからそれを見たの?」
淳一は、辺りの上をキョロキョロ見渡しながら、
「そうだ、あの花屋さんのビルの道路を挟んだ向い側のビルの屋上にいて見たんだ。
そうだそうだ、だんだん思い出してきた。
ぼくは、向かいのビルの屋上にいて、
姉さんが屋上に出てきて、カバンを置いて、フェンスを乗り越え飛び降りるところを見たんだ。
それで、ビックリして目を開けて起きようとしても起きれなかったんだ」
淳一は興奮気味にまくしたてた。
二人は駐車場へ歩きながら浩一郎が、
「淳一は、ひょっとしたら、いわゆる幽体離脱をして、落ちるところを目撃したのかな」
「えー、ぼくそんなことできないようー」
「でも、自律訓練法をしてて、水中に漂っているような気分がしたんだろう。
自律訓練法では目をつむったままだよなぁ。
目をつぶって見えたのなら、なんらかの刺激で大脳の視覚野等が動いて、それを認識したことになる。
あるいは幽体離脱して、淳一の幽体がビルの屋上にいて目撃した、とも考えられる。
大脳がかってに作って見たものは、
ハッキリ言うと夢や幻覚は、
いい加減なもの、つまり事実と合わない。
しかし今回の淳一のケースは、事実と合ってるようだ。
屋上にいたと言う感覚があるなら幽体離脱して目撃したと考える方が、突飛だけど矛盾なく自然に説明できる。
それに単に映像として見たのなら、違った言い方をするはずだしね。
淳一は、自律訓練法で標準訓練の第一段階をもうマスターしたようだね。
そこから先は、淳一の場合、自立訓練法の誰かちゃんとした指導者がいるね」
「自律訓練法には、額が涼しいからまだ先があるの」
「あるよ、標準訓練を土台にもうニつの上位訓練と言われているものがあるかな。
でも、淳一の場合は、一人でそれらをやるのは危ないなぁ。
どうしょうか。
今日は、花屋さんで二つ、淳一が一つと、三つの偶然があったね。
いや、もっとかな」
そうこう話しているうちに、二人は駐車場に着き、そして淳一の運転で病院へ戻って行った。