竜と姫が、月を仰ぎ見る。その9
酒場の明かりに照らされて立っていたのは、一人の女だった。
鋭い眼光を、こちらに投げかけている。
背はそこそこ高く、意志の強そうな目つきのせいか、全体的に凜とした雰囲気を漂わせている。
「……そういう君は?」
もちろん察しはついていたが、不自然にならないようあえて尋ねておく。
女は表情を崩さず、
「答える必要はない」
などと言っている。
……うーん。
ラヴちゃんはダウナー気味なクール系かあ……。
別に悪いとかじゃないけどねえ……。
無気力系は好きなんだけどねえ……なんかメインに置くには違うんだよなあ……。
「そこから動かないで」
「……はいはい、分かってるって」
ラヴ(?)に降参のジェスチャーを送る。
腰にまで届きそうな黒髪を夜風に揺らしながら、ラヴ(?)は警戒の姿勢を崩さない。
さて、と。
ここから予想し得る展開は……。
①突然、決闘を申し込まれる。なんやかんやでギルドに加入する。
②どこかから俺の評判を聞きつけている。なんやかんやでギルドに加入する。
③突如周囲で強盗が発生し、共闘して一目置かれる。なんやかんやでギルドに加入する。
さしずめ、このあたりってところか。
っていうか、
「そうじゃないと困るな……」
今の今まで頑張って目を背けていたが、嫌なフラグが建ちまくっているのだ。
お気づきだろうか? 俺は頭が良いので気づいていたのだ。すごいのだ!
冒険者になった娘。
警察機能を持った冒険者の存在。
そして、この世界で最初に遭遇した事件……。
そこから導き出される結論は…………。
「――――殺人の容疑で、逮捕する」
んまあ、こうなるってわけよ。
こうなるわけよっていうか、
どっ、
どどどどうする?
逃げるべきか?
……いや、でもどこに!?
ラヴ(仮)は落ち着いた足取りでこちらに向かってきている。
……たぶん、逃げるのは無理。
瞬歩とかソニード的なアレで距離を詰められるか、痛い思いをさせられるだけだろう。
…………ん?
っていうか、逃げる必要があるか?
「…………ない、よな?」
そもそも一〇〇パーセント冤罪だし。
ここで捕まって、面倒なことに発展しそうなイベントに決着をつけておいたほうがいいんじゃないか?
そうすると、「謎の殺人事件をきっかけにヒロインと手を組む」っていう導線も見えてくるわけで。
「…………でもクール系黒髪美少女なんだよね……」
「……?」
ラヴ(仮)が眉をひそめながら俺の腕を取ろうとしたその時、妙な音が聞こえてきた。
ピピッ、ピピッ、という電子音。
それは、ラヴ(仮)の腰あたりに下げられた、黒い長方形の機械のようなものから鳴っている。
っていうか。
ぶっちゃけそれは、スマホだった。
「………………スマホ!?」
もちろん、あのとき捨てた俺のものではない。
ではないが……。
じゃあなんだ!? まさか現地産ってことか!?
「…………ええと、たしか……」
ショックを受けている俺の傍らで、ラヴ(仮)は不慣れな手つきでそれを持つ。
右の人差し指で何度か画面をタップするが、一向に着信に出られていない。なにやってんだ。
「……それ、スワイプじゃないの?」
もどかしすぎるのでつい口を出してしまった。
「スワイプ……?」
「その画面に出てる緑色のやつをこう、タッチしたまま横に……」
「……こう? ……わあ!」
通話モードになった端末を見て、無邪気に声を上げる。
なんだこいつ。ちょっと可愛いじゃねえかよ。
「はい。…………?
……ねえ、聞こえないけど。どうなってるの、レイヴン」
ナチュラルに俺に責任があるかのような言い方をしてきた。
「あの、耳に当てると聞こえやすいんじゃないの、多分」
「…………! おお! 本当だ……すごい……」
なんなんだ……このちっちゃな現代知識無双パートは……。
爽快感というよりも、おばあちゃんにスマホを使わせるが如き疲労感の方が強い。
こんなんで今までのフラストレーションが解消されるわけねえだろ。はよ能力使わせろや……。
「……ごめん。聞こえてる。
酒場を出たところ。……ああ、うん。もう確保した。
そっちはもういいの? ……そうなんだ」
どうやら連れがいるようだ。
もうなんでもいいから早く連行してほしい。
こんな尺取るようなイベントじゃないし、野次馬がめっちゃ見てきて流石にちょっとハズいから……。
そう思ったそのとき。
――――カランカラン、と酒場のドアベルが鳴った。
「あ、こっちこっち!」
スマホを耳に当てたまま、ラヴ(?)が少し背伸びをする。
なんか、属性がごちゃ混ぜの少女が酒場から出てきた。
紺色のウィッチハットがまず目を引くが、着ているのはローブとかじゃなくて、なんだろう。和服とチャイナ服のあいのこみたいな服だ。
存在しない東方文化……っていうか、外国人が想像する、中国文化とごっちゃになった日本的な感じ。
ただ、それを強引にまとめられるくらいには整った顔面をしている。
結局、ツラの良いやつは何を着てもそれなりになるんだなと思わされた。
スマホを耳から離した機械音痴女が、属性めちゃくちゃ女に手を振って言う。
「――早かったね、ラヴ。お父さんはもういいの?」
…………あ、そっちがラヴで、こっちはラヴじゃないんだ。
どうやら俺は勘違いしていたらしかった。
いや紛らわしい登場すなよ。
「まあねー。酔っててあんま会話にならなかったし。
まあ、それはどうでもいいとして……」
ラヴがぴたりと歩みを止め、透き通るような翠色の目で俺を捉える。
「キミが、レイヴン?」
「……そうだけど」
姉の知り合いに話しかけられた時の中学生みたいになっちゃった。
なんか、普通に照れてる。
男はすべからく、こういう距離感が近い女に弱い。
「ふうん……へえー……。なるほどぉ……」
顎に指を当てて、感心したように俺の全身を眺め回している。
えへへ。なに? えへへ。
「不審な笑顔……。やっぱり犯人なんだ……」
長身の女が良くない推定有罪をしていた。
「違う! 俺はやってない!」
ただヒロイン候補に眺め回されて気持ちよくなっただけなのに!
「はいはい。
とりあえず、取り調べとかあるみたいだから、さっさと行こう。着いてきて」
長身の女が手を叩くと、ラヴ(ほんもの)がそれを制す。
「それより、まずは権利行使の口頭通達。イザナ、どーせまだやってないんでしょ。
――レイヴン。あなたを逮捕、連行するよ。異議はない?」
「異議あり!」
「認めない。というわけで、連行ね!」
は?
「じゃあなんで異議はないかどうか確認したの……?」
「えー、知らないよ。そうやれってマニュアルだし。
まあ、あれじゃない? ようは、“抵抗は無駄だからおとなしくしろ”ってことかな?」
「そんなあ……」
「まあまあー、疑いが晴れたらすぐ出てこれるからー」
そんなこんなで、俺は前後を挟まれる形でドナドナされていくのだった。
しみじみと思う。ヒロインに振り回されるこの感じ、これこそが俺の求めていたものだ、と。
この時はまだ、呑気にそう思っていた。