竜と姫が、月を仰ぎ見る。その8
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「あー……昼間は悪かったな」
やや気まずそうにおっさんが話しかけてきた。
「ああ。別に気にしてないよ、お義父さん」
「は?」
「…………」
お約束の小ボケを殺意で返されるととても萎えることが分かった。
「まあいい。ところで、あれだ。飯でもどうだ? やることもねえだろ?」
えー、という顔が一瞬浮かびかけた。
めちゃくちゃダルい。それって残業代出るんすか?
…………が、まだ見ぬヒロインのことを思い直す。
ここでおっさんの娘とのフラグを間接的に構築しておくべき、そうすべき。
ムホホ。
「……おいその不気味な顔はなんだ? 言っとくが、別に女のいる店じゃねえぞ」
「へへっ、分かってますって旦那ァ」
「え……気持ち悪……」
気味悪がるおっさんを宥めながら、ともかく飯屋へと俺たちは向かった。
正直、ふたりだと話すことなくて気まずいなと思ったが、例の激優しいひげ面の兄ちゃんも来るようだったので一安心。
こりゃうまく行くと、今日中にヒロインに会えるかもしれんねえ!
……俺はまだ、そんなことを呑気に考えていた。
***
「まあ、冒険者ってのは碌なもんじゃねえよ」
赤ら顔でおっさんがぼやく。
すでに空のジョッキは五杯を超えている。
俺って実はめちゃくちゃ聞き上手なのかもな。
「そりゃ、ここ数年はクリーンなイメージでやってるがな。昔はひでえもんだった」
「そうですねえ」
と、同席しているひげ面の兄ちゃんも深く同調している。
ちなみにこっちは全く酔ってなさそうだ。
たぶん真の聞き上手はこっちなんだよな。
「そもそも、警察機能を委託できるようになっているのがおかしいんだ」
「ですねえ。まあ、前よりは基準が厳しくなったそうですが……」
「だからってよ、奴らに道徳心なんざねえしな。
いや、サツだって本心じゃありゃしねえだろうが……。それでも、その大義名分すらねえってのはよ……」
なんか面倒な話になってきたな。
酒が入ると政治と野球の話しがち問題はこっちでも健在っぽい。
まあ知らん球団の愚痴よりも、世界観が分かるからマシではある。
「そもそも、冒険者なんて才能の世界だしな。だから増長しやすいんだ。
ランクが上がれば、自分が大層な人間だと思っちまう。視野が狭くなる。
世界ってのはもっと、なんつーか……“積み重ね”で出来てんのによ」
「あんたの娘もそうなのか?」
飽きてきたので地雷原を裸足で歩いてみる。
一瞬でキレられるのも視野に入れていたが、ほろ酔いのせいかそうはならなかった。
「……ラヴはそんな子じゃねえさ」
そんな急に愛の話をされても……と一瞬思ったが、すぐに娘の名前だと理解した。
「そもそも、半年やそこらじゃ警察の委託なんてとてもじゃねえが……。
Aクラス以上になんかなれねえしな」
「ですが、実力が認められてあの大ギルド……“銀狼狩り”に入ったのでしょう? その日も近いのでは?」
「ふん……」
「うおおおお……(小声)」
“ギルド”!! “銀狼狩り”!!!
やーーーっとファンタジーワードが出てきた!
はあ~~~~早く追放とかされてぇ~~~~!
「まあ確かにうちの娘だったら、腐った真似はしないだろうがよ……。
んにしても、冒険者になるとはね……」
「時代は変わった、ということですかね。
憧れている子も最近は結構多いみたいですし」
「え、そうなのか……?
あの子に憧れて……?」
「え? いやそうではなく冒険者に……。
あ、いや、はい、そうですねえ」
「そうか……まあな……でも冒険者か……」
むにゃむにゃと呟きながら、おっさんはテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
眠ったっていうか、気絶?
「あとは僕が面倒見ておくから、レイヴン君は帰っちゃっていいよ。
今日はありがとね」
ひげ面の兄ちゃんが苦笑交じりにそう言ってくれる。
理想の先輩第一位か?
ちなみにレイヴンってのは俺ね。
…………ほら、あれだから。
RPGとか本名プレイしない派だから。別にカッコいいと思って名乗ったりしてないんだから。
ともあれ、冒険者について有意義な話が聞けたな。
冒険者制度は存在するが、老人にはウケが悪い。
腐敗していた職業だったが、近年はマシになってきた、と。
あと、才能の世界って言ってたが……。
そうなると、“魔法”とか“スキル”とか“加護”とかがありそうだ。
「…………あるんだよな、俺にも」
ぴたりと足が止まる。
なんか不安になってきた。
ここまで引っ張るんだ、蘇生(仮)以外のなにかしらのスペシャルがなかろうはずがない。
……ないよね?
いやまあないが、ないって可能性もないとは言い切れないのが大変怖い。
「――ステータス、オープン」
裏路地で、とうとう満を持してこっそり試してみる。
「…………」
俺の広げた手の先には――――。
「……なにもないか~……」
変わらず、薄暗い空間が広がっているだけだった。
透明なウィンドウが展開されたりはしなかった。
「うーむ」
どうやら、そっち系のローファンタジーじゃないっぽい。
あるいは専門の役職しか見えないとか、そういう系って可能性も捨てきれないが。
「……まだなーんも分からんなあ」
この世界に来て二日。
本筋じゃない場所にいるせいで、得られる情報が少なすぎる。
そんな焦りを、感じるようになってきた。
そろそろ自分から動くべきか……?
とうとうそう思いかけた、そのとき。
「あなたが、レイヴン?」
背後から、そう呼びかけられたのだった。