妙幕。
――本は陳列され、電子データに値札をつけられる。
ゲームがモニターに映し出され、ガチャが回り、シナリオが開放される。
アニメは円盤に焼き付けられ、ストリーミング再生される。
つまり、そう。――この世界で、物語は売れるために作られる。
あらゆるオタクコンテンツが、物語という芯なしでは存在し得ないこの時代。
無数のコンテンツが、自らの生き残りを賭けて戦っている。
作画が命だ、と誰かが言う。
いや、シナリオがなにより重要なのだ、と誰かが反論する。
あるいは声優。
あるいはゲーム性。
運営。レア率。ユーザー還元。プロモーション。
しかし。
飛び交う議論の中で、いつだって一つの声が、正鵠を射る。
――でもまあ、ぶっちゃけ。
キャラが良ければ、割となんでも推せるよね、と。
かくして、物語に登場する人物には一定のクオリティが求められた。
単なる記号ではなく、写実でもない――それは、創作物としての命。
創作物としてのリアリティを、世界は求めるようになったのだ。
……“彼女たち”がいつごろその分野に目を付けたのかには、諸説がある。
世界の真理の座を科学に奪われ、追われた“彼女たち”が見いだした、唯一の経済的活路。
それが、創作という分野だったと言われている。
“彼女たち”がいつからそれに目を付けたのか、詳しいことは誰にも分からない。
古いものだとシェイクスピアがその集団の共同ペンネームだという説もあるし、手塚治虫も実は“それ”だった……というトンデモすらある。
ともあれ。
真実は秘匿されていて、大多数の人々がその存在を知ることはない。
……しかし確かなのは、現代の創作物には間違いなく“彼女たち”の手が入っているということだ。
***
「――そう、この世界は“創られた本物”。
世界は因果の道筋に従い、主人公たちが物語を生み出し、やがて完結に至って一冊の本となる」
少女は閑かな声で語る。
「……“現実”には二種類の作り手が存在している。
ひとつはただ単に“創作者”と呼ばれていて……。
もう一方。
魂を創り、世界を創り、それを観察する語り手は」
少女は見上げる。
そこからでは見えないはずの、ふたつの月を。
……そして、彼に視線を向けて、言葉を続けた。
「――“魔女”と、呼ばれている」
【幕開け前の、ハッピードランカー・ウィッチ】




