『竜と姫が、月を仰ぎ見る。』
そうじゃなきゃ、俺の主張にあんなに突っかかってこないだろう。
あれは、自分が諦めたと思っていたものを突きつけられた人間の反応だ。
「俺はおまえのこと、マジでなーんも知らんから無責任に、何度でも言うが――」
「じゃあ言うな!」
「いいや言うね!
なぜなら――」
俺は指を突きつけた。
延べ三日にも渡って貯まったフラストレーションが沸々と音を立てているのを感じる。
解放すべき時は今!
「俺は、ミステリアス女が勝手に自己憐憫に浸ってうじうじしてるのが嫌いだからな!」
「んなっ――!」
リーンの耳がかっと赤くなった。
「ちっ、ちがう! 自己憐憫なんかじゃない! 馬鹿にするな!」
「いいや違わないね!」
違うわけないのだ!
そういう側面もあるはずなのだ!
あれだけ意味が分かるようで分からん台詞ばっか言って気持ちよくなりやがって……!
いくら美少女だからって許容できる限界を超えている。仏の顔も三度までと言うぜ。
「そもそも、この状況で俺に一切説明する気がないってあり得ないだろ!
ピンチなんだぞ! 情報を共有して文殊の知恵排出を祈るくらいしろよ!」
「そ、それは、だってお前は敵で――」
「呉越同舟って言葉知らねえのか!?」
「そ……え……ほんとに知らない……なにそれ……」
「共通の危機的状況を前に共倒れしてたら意味ねえから頑張ろうねの意だ!
そういう考え方くらい異世界にだってあるだろ!
分かったら早く説明しろ!」
「いやだ!」
こ、こいつ!
とうとうストレートに拒否してきやがった!
「はああ!?
意地張ってる場合かよ!」
「意地じゃない!
約束が先だ!」
「…………は?
……約束?」
それは、随分子どもっぽい響きの言葉で、俺は思わずぽかんと口を開けてしまった。
けれどだからこそ、それが本心からの言葉なのだと分かった。
「…………竜姫仰月、だ」
「おい!
隙あらばミステリアス出しやがって! ちょっとは反省しろや!」
「ちがうわ馬鹿!
これがこちらの世界の“ゴエツドウシュウ”だ!」
「え、そうなの?」
こっちは呉と越なのに、そっちは竜と姫なのかなりずるくない?
ひとつ大きく息を吸って、リーンは話し始めた。
「……月がまだひとつだった頃。
分裂していく月を竜と姫、ふたつの相容れぬ存在が並び、同じ不安を抱え、仰ぎ見ていた。
そしていつしか、完全に分かたれた二つの月の下で竜と人は争うことをやめたという……」
……呉越同舟とはなんか違う気がするが。
ただ、この状況にはそっちの方が合っている気がするな。
同じ不安を抱え、か……。
「……約束しろ。
お前が姫で、私が竜だ。
たとえ月が割れた後も、世界が続くとしても」
「まあそれはいいけど……。
逆だろ! 竜ポジと姫ポジが!」
「ふん。
偉大なほうが竜に決まってる。
私は魔法が使えるからな!」
「そうでした」
思わず敬語になっちまった。
水……ライフライン……。
い、いかんいかん。俺たちは対等だ! そういう話なのだ!
「……約束する。
だから、おまえも腹割って話せよ。
同じ不安を抱えて月を仰ぎ見る、だろ」
「……その前に」
「まだあんのかよ!」
「手をみせろ」
こちらに歩み寄ったリーンは有無を言わさずに俺の手を取り、
「――――」
なにか呟く。
と、
「…………おお!?」
みるみるうちに傷が塞がっていく!
かゆい!
治癒術だ!
すげえかゆい!
けどテンション上がるなあ~~。
「ニヤニヤしすぎなんだけど……」
「いいだろ姫なんだから!」
「はあ? どういう理屈?」
リーンはひとつため息を吐いた。
「……やっぱり、調子狂う」
「またアル中の症状か……?」
「ちがう、お前のせいだから」
そう言い切ったすぐ後で。
「……いや、それもあったかも。
ま……いいか」
そうため息を吐きながら――。
信じられないことに、リーンの口元が緩んだ。
たぶん、自覚なしに。
「さて、どこから話したらいいか……」
彼女は俺と相対するように地べたに座り、宙空に視線を彷徨わせる。
……それから、リーンは“最初”から語り始めた。
つまり――。
この世界は丸ごと「物語」の舞台で。
俺も彼女も、その進行に関わるシステムに過ぎないという話を。




