竜と姫が、月を仰ぎ見る。その20
「……なにが違うの?」
俺の反骨精神のようなものは口に出ていたらしい。
思いのほか不満そうにリーンが突っ込んでくる。
あるいは、また体調が悪いだけかもしれないが。
「そりゃあ、まあ、本当に何者でもないのかもしれんけどさ」
渋々と俺は認める。
……二日前までの俺は、自分が異世界転生モノの主人公のようなモンだと思い込んでいた。
不穏なイベントに遭遇し、薄味のイベントにほんのり失望しながら、いつか起こる無双チャンスを待ち焦がれていた。
でもそれは、彼女の言うとおり無駄だったのかもしれない。
俺は本当にハリボテで、過去設定すら練られていない作り込みの甘いチュートリアルキャラで。
例えば、リーンに何かするために産み出された都合の良い存在なのかもしれない。
「“意味”なんてもの、ないかもしれないけどさ」
だから、何者にもなれないのか?
……それは違うだろ。
「今なにもないからって、なにも得られないわけじゃないだろ」
「……なにそれ。そんなわけない」
「ある!」
俺は言い切って、振り返った。
「ない……!」
リーンはわずかに身を乗り出した。
意外にも対抗してきたな。
力説してしまう。
「いま何者でもなくても、いつか何者かになるんだよ!」
「……この世界では、誰もがそうなれるわけじゃない!
どうせ全部無駄なの!」
「うわー出た!
いいか、俺はその手の思考停止的なニヒリズムが嫌いなんだよ!」
「うるさい馬鹿!
空っぽのくせに! 私と同じくせに!」
「今なにもなくても、なにかになるために生きてんだ!
俺たちはそうだ、みんなそうなんだよ!」
「みんなって――!」
リーンは急に力を失ったように、元の場所に座り込んだ。
「……私は、違う」
それは冷静さを取り戻したというより、大きな壁を目前に諦めたようにも見えた。
「私は“みんな”とは違う。
人は何かになれるなんて、無邪気に信じることはできない。
私は“この世界”のことを知っている。
そこで為すべき役割も、ちゃんと分かっているから」
リーンはなにかに縛られている。
それは思い込みなんかじゃない真実なんだろう。
でも、と俺は思う。
「……おまえだって、この世界で何かになりたいんじゃないのか」




