竜と姫が、月を仰ぎ見る。その19
…………さて、やるか。
恐る恐る、俺はスコップ代わりの折れた椅子の脚を摘まむ。
深呼吸を何度かして、覚悟を決めた。
………………。
………………いややりたくなさすぎ~~~!
「…………うひい!」
意を決して手のひらで木片を包み込むと、飛び上がるほどの激痛が走る。
そのまま離さず、痛みのピークが過ぎ去るを待つ。
それから、また壁を掘る作業を再開しようとして……。
「どうして」
と、微かに声が聞こえた。
手を止める。沈黙が続く。
促すとまた頑なに黙ってしまいそうだから、俺は振り返らずに、その続きを待った。
「……どうして戻りたいの?」
なに言ってんだこいつ、と苦笑してもよかった。
ここは快適にはほど遠い環境で、いずれ待つのは惨たらしい死だけだ。
元の場所に戻りたくないわけがない。
でもたぶん、そういうことじゃないよな。
「分かっているでしょう。
あなたに“意味”なんてない」
「…………」
相変わらずの意味深具合だが、なんとなく言っていることが分かる。
分かってしまう。
リーンに過去を思い出せと言われ、何も思い浮かばなかったあの時から……。
俺の存在に、大した“意味”はない。
じっとしていると、その考えが徐々に思考を埋めてくる。
あるいは、それから逃げたくて俺はテーブルの脚を振るい続けるのかもしれない。
「……あなたの役割は、この状況を生み出すこと。
“私”というシステムを罠にかけるための……。
そして、あなたの自我は疑似餌のようなものでしかない」
「説明……してくれてんのか?」
だとしたら下手な説明だこと。
もっと順を追ってくれないと唐突すぎてなにがなにやらだ。
「だから、あなたに意味なんてない。
あなたは何者でもなく、何者かになるような未来もない」
「…………」
たぶん、俺は彼女の言っている意味がよく分かっていない。
分かっていないんだろう、けど。
なんか、それは、
「……違うよなあ」
ぜんぜん、まったく、間違っている。
そんな気がした。