竜と姫が、月を仰ぎ見る。その17
………。
……………。
……あれから、どれくらい経っただろうか。
薄暗い照明に照らされた空間には、昼もなく夜もない。
膨大な時間が過ぎているようにも、わずかに数時間しか経っていないようにも感じるが――。
「……二日と五時間」
リーンが、モノローグに要らん正確性を加えてきた。
「………………フツカトゴジカン……?」
反芻してみても実感が沸かない。
ずいぶん経ったような、そうでもないような。
……いや、どちらにせよ意味のないカウントだ。
時間が経てば解放されるわけでもないだろうしな。
「…………」
「…………」
同居人とは馬が合うとは言えないが、俺もたいがい人のことは言えまい。
話題を振る気力はないし、友好的に振る舞う気分でもない。
ていうか、もう、だめぽです。
なにせ、二日と五時間、この寝具もない激狭謎空間に閉じ込められているのだ。
ストレスで死ぬのだ。
人権ありし者の生息環境ではないのだ。
「……っぅ……」
なにもしていないとうめき声がフルオートで出てくる。
体中が痛かった。
若さのせいで爆速で来やがった筋肉痛はもちろん、手のひらも皮がベロベロになっていて痛い。
これはどういうことかと言うと、どうにか脱出するために、石の壁を掘ろうとしたせいだ。
土木工事していたときはこんなことにならなかったのに。
異世界においても採用される軍手の偉大さを身にしみて感じる。
…………目を瞑り、閉じ込められてからのことを思い返してみた。
まず、テーブルを壁や鉄格子に向けて投げつけてみた。
やる前から分かってはいたが、これは全くの無駄だった。
俺のヘロヘロ筋力では当然、どこにも傷一つつかなかったわけだ。
次に、折れたテーブルの脚を使って壁を掘り始めてみた。
木で石壁を掘る。
そのまま「全くの無駄であること」ということわざになりそうなくらい無謀だったが、とにかく俺はそれをやり続けた。
結果、壁にはわずかに傷が付き、手のひらは直視しがたい感じになったわけだ。
全くの無駄っていうか、ほぼ自傷行為に近い。
「……いでぇ……」
無我夢中の境地から脱すると、アドレナリンが切れて痛みと後悔と絶望感と無気力感に襲われる。
それに、エネルギーもかなり消費してしまった。
腹減った……。
お腹すいた水族館だよ……。
「……だから、無駄だって言ったのに」
リーンがぼそっと茶々を入れてくる。
わかっとるわい。
が、不思議と苛立ちはしなかった。
その声音に、意外にも心配そうな色を感じ取ったからだ……。
っていうのもなくはないけど、実際的にリーンの魔法で水の問題が解決しているので逆らえないんだよね。
まあ、水を分けてくれたり汚物の処理をしたりしてくれたりするあたり、印象より血も涙もないというわけでもなさそうだ。
「……なんか、落ち着いてるよな。
ここから脱出できるアテがあるのか? あるんだよな? 頼むそうであってくれ」
「ない。ただ……余裕がないだけ」
「え」
ものすごく不安になる。
ずっとおとなしくしていたのは、別に冷静だったからではないのか。
もしやものすごく体調が悪かったのか……?