竜と姫が、月を仰ぎ見る。その15
「では、次です」
妙な質問はその後も続いた。
知らない単語も知っている単語も織り交ぜつつ、雑な連想ゲームみたいなものをやらされ続ける。
なんだこれは?
あまりに無意味すぎる。
ショート動画眺めて一日が終わるより無意味なことってこの世にあるんだ……。
つーかそもそも。
読心術が使えるってんなら、そろそろ俺が何も知らないって分かっても良い頃だろうに……。
…………ん?
いや、ちょっと待てよ。
それかもしれない。
そうか。
リーンはリアルタイムに俺の心が読めるわけじゃないのか……?
もしくは、読心には準備が必要で、まだ読める状態じゃない……?
「では……あなたの記憶を、一番古いものから現在まで話してください」
HUNTER×HUNTERっぽい能力考察をしてると、リーンが急に読心者っぽい感じを出してきた。
ともあれ、俺に選択の余地はない。話せというなら話すし、聞かせろというなら聞かせるさ。
それに、隙もないのに自分語りできる機会なんてそうそうないからな。
俺は軽く息を吸って、
「…………」
「…………」
「……………………」
言葉が出てこなかった。
いや、違う。話すことはできる。発話は問題ない。
ただ――……。
「――どうかしましたか?」
全てを見透かすように、リーンは言った。
「《《思い出せないんですか?》》
《《石田カイトとしての人生が》》」
…………俺は産まれた。
《《一体、誰から?》》
「俺は……」
両親の名を口にしようとする。
けれど、脳裏に浮かぶそれは、まるで読めない文字のように漂っているだけだった。
二人の姿を思い浮かべる。
その仔細はぼやけて、一向に像を結ばない。
「あ…………」
強烈な悪寒がした。
足下から世界が消えてなくなったような感覚。
幼少期のことを思い出そうとする。
幼稚園、小学校、中学校。
なにもない。
ただそこにあるのは「過ごした」という実感だけだった。
喉が渇いて、舌が腔内に張り付く。
俺は、
《《俺は、なんなんだ?》》
「おっ……俺に……。
俺に何をしたんだ!」
「私は、なにもしていません」
リーンは答えた。
その目にわずかに憐憫の色が差したように見えたのは、果たして気のせいだろうか?
「……演技ではなさそうですね」
衝撃から立ち直れないでいる俺を見て、彼女はそう断じる。
……異世界転移に巻き込まれた、男子高校生。
それが俺だ。
……俺のはずだった。
だけど、それだけじゃないんだ。
いま、それがはっきりと分かった。
これは、単なる異世界転生じゃない。
「……教えてくれ。
俺は一体、何なんだ」
縋るような思いだった。
「……それは」
リーンが何か言いかけた。
だがその直後――。
何かに気づいたように、はっとしたような表情になる。
「…………ッ! やられたッ!」
「な、なにが?」
驚いたのと同時に、激しく嫌な予感がした。
うまく言えないが、空気が変わったのが、俺にも分かったからだ。
あと、鉄面皮のような女が椅子からにわかに立ち上がり、わかりやすく取り乱してるし。
敬語キャラの敬語が取れている。
これだけで嫌な予感がする理由には充分だろう。
「んなっ……」
リーンの指さす方に視線を向けて、俺は今日何度目かの絶句をした。
そこには、看守が立ったまま気絶している……はずだった。
……いない。
というよりも、《《ない》》
鉄格子の向こう側が、空間ごと消えていた――